様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
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☆■収集(分けると分かる) 収集・選択・分類・流派・系統 H■焦点(ニュースにする) 焦点・報道・統御
A■編定(縮めて伝える) 編定・要約・凝縮・翻訳・結合 I■境界(区切りを変える) 境界・場面
B■原型(型にして見る) 原型・模型・適合・列挙・配置・意匠・装飾・図解 J■周期(リズムをつける) 周期・曲節
C■順番(繋げて較べる) 順番・規則・交換・競合・比較・共鳴 K■諧謔(おおげさにする) 歪曲・不調・輪郭・諧謔
D■暗示(含みを持たせる) 暗示・相似・擬態・象徴 L■形態(構造を見つける) 構造・形態・生態
E■引用(盗んで補う) 比喩・推理・引用・例示・補償 M■劇化(物語で遊ぶ) 筋道・脚本・劇化・遊戯
F■注釈(付け加える) 注釈・付加・削除・拉致・保留・代行 N■綜合(みんなまとめる) 総合・創造
G■模擬(測って調べる) 模擬・測度・強調・変容 △■編集思考素

あなたも物語しませんか。編集学校[破]物語編集術~その9「キャラクター」

 ISIS編集学校[破]のカリキュラム「物語編集術」は、物語の五大要素を踏まえて、3000字の短編を書く稽古です。
 “シーン”に続いてご紹介する物語の要素その4は“キャラクター”。登場人物や、その際立った特徴、相互の関係を意味します。物語が活きるかどうかは、“キャラクター”の設定次第と言っても過言ではないでしょう。その好例を、明治から大正にかけて活躍した二人の作家の作品でお目にかけましょう。

 


■哀れが匂う 不条理がたちあがる
『花の咲く頃』田中貢太郎
 桜の花も盛りの月の佳い晩、若い侍が家路を辿っていた。微禄で一人暮らしの身には待つ人もなく、若い女に行き会う度、彼は足をとめてその姿を見送った。
 切支丹を幽閉処刑する山屋敷の側まで来た時、木陰に蹲るひとりの娘をみつける。聞けば、親に死なれ叔母を頼って江戸に出てきたが、うろ憶えの住所に尋ねる人はなかったという。「軒先でもよろしゅうございますから、今晩だけお泊めくだされますまいか」。きまりわるげに云う娘に侍はおずおずと答えた。「泊めてもよいが、自分は独り身だから」。頬を染めた二人に花が散りかかる。
 夜明け、枕を並べた女を起こさぬようそっと起き出した侍は、音をしのばせて水を汲み火を熾し飯を炊いた。その間、彼はずっとにこにこしていた。
陽が高くなっても起き出さぬ女を心配し、夜具をまくってみると血まみれの首ばかりが転がっている。役所へ届け出ると、女は前日山屋敷で処刑された罪人だと知れた。呆然としていた侍は、ふいに「あれ、花が散る、花が散る」と暴れて取り押さえられる。狂うて座敷牢に閉じ込められた後は至っておとなしかったが、春がくる度に、「花が散る、花が散る」と騒いだという。

***
 土佐に生まれた田中貢太郎は、郷里の言い伝えや中国の古譚を元に、数多くの作品を残しました。彼の描くキャラクターは、悪人までが皆どこかひっそりと不幸で、云いようのない寂しさが作品に漂います。とりわけ哀れなのが、この『花の咲く頃』。若い女を見送る様や、にこにこしながら飯の支度をする仕草の描写に、孤独で倹しい暮らしと、瑞々しい顎の線やほっそりとした背筋までが浮かび上がります。主人公を襲った不幸の不条理が遣り切れなくて、忘れ難い余韻を残す短編です。
 
 
 


■きかん気を通す 一言が際立つ
『わかれ道』樋口一葉
 幼い頃角兵衛獅子から拾われた傘屋の小僧吉は、年少ながら腕のよい油引きの職人である。けれど、やっかむ朋輩からは、生国も親も知れぬこと、躰の小さいことをからかわれ、代替わりした若主人からは気の強さをうとまれて、身の置き所がない。心を許せるのは、裏店で仕立職を営むお京だけだ。職の腕を頼りに朋輩を見下し主人に噛み付く吉も、お京にだけは全身で甘える。「お前のやうな人が己の姉さんだったら、首っ玉へ噛り付いてそれぎり往生しても嬉しいだらふ」。
 そのお京が質屋の主人の妾になると聞いて、吉はありったけの悪態をつく。「嘘っ吐きの、ごまかしの、慾の深いお前を姉さんと思って居たが口惜しい。もう逢はないよ。どうしてもお前には逢はないよ。長々お世話様。もう誰のことも当てにするものか」。思わず羽交い絞めに止めたお京に吉は涙声で云う。「お京さん、後生だから此肩の手を放しておくんなさい」。

***
 腕こそ良いけれど、店でも町内でも持て余されている暴れ者の吉。お京に甘える様も心と言葉を叩きつけるように乱暴で、許してもらえることを確かめている感があります。その彼が最後に放った「後生だから」の一言が痛々しい。なけなしの矜持を保ち切れなくなった少年の悲しみが惻々と伝わってきます。
 
 
 

 “キャラクター”の設定は、性格や境遇を細々と書きたてることではありません。仕草のかけら言葉の端ででも、彼らの来し方行く末、それを取り巻く物語世界までが表現できます。このおもしろさを、ぜひご一緒に。15期[破]開講は、2007年2月26日です。

(堀江久子/ISIS編集学校師範 ・編集工学研究所)


あなたも物語しませんか。編集学校[破]物語編集術~その8「シーン」

ISIS編集学校[破]のカリキュラム「物語編集術」は、物語の五大要素を踏まえて、3000字の短編を書く稽古です。
 “ナレーター”に続いてご紹介する要素その3は“シーン”、物語の分節である静止した光景のことです。物語は、いくつかのシーンでできています。それを端的に示しているのが、今では滅多に見られなくなってしまった紙芝居でしょう。一枚の絵が増えれば、順番が入れ替われば、物語の効果や深みは劇的に変わります。小泉八雲の佳篇をシーンに戻して、その例をお目にかけましょう。


『和解』


■ 原作のままに
シーン1:都のはずれの荒れ果てた邸。妻に離縁を言い渡す主人公。
シーン2:国主の娘を娶った主人公は、威儀を整え、みちのくの任地へ旅立つ。
シーン3:所領の豪華な邸で新妻の酌む酒を食みつつ、主人公は去った妻を想う。
シーン4:任果てて都へ戻り、捨てた邸に駆けつける主人公。
シーン5:壁が崩れ縁が朽ちた邸の一室で、主人公はやつれ果てた妻に再会する。
シーン6:無情を詫びる夫。いたわる妻。細やかに語らいながら夜が更けていく。
シーン7:夜明け、目覚めた主人公は、鴨居に蜘蛛の巣がかかり床の割れ目から麻のはびこる部屋で、 骸骨と添い臥しているのに気づく。
シーン8:都大路で出会った物売りの翁から主人公は事情を聞き出した。去られた妻が病を得て世話する者もないまま、去年の秋に死んだのだと。


■例1:シーンを足して
  「もうこうなっては、二人そろって餓え死ぬしかない」。若い侍は言った。崩れた築地からのぞく月の光が破れた縁を濡らす。奥州の国主から目をかけられ婿になるからと、彼は妻に離縁を言い渡した。「そなたも他の誰ぞに添うて世過ぎしてくれ」。言葉もなく俯く妻。床の割れ目から吹きこむ風は、早や秋の冷たさをおびている。
  離縁された妻は、荒れた邸に暮らし続けた。仕える者も一人ずつ減り、そそけた几帳の陰で破れた袖に涙を隠して日が過ぎてゆく。
   「いま、誰ぞの泣く声がせなんだか」みちのくの豪奢な邸で男はふと問うた。「またそのようなことを。おおかた蟲の鳴く音を聞き違えられたでありましょう」。国主の娘である新妻は哂いつつ酒を注す。ふつつかな振る舞いを見るにつけ、都に残した妻のやさしいとりなしが思い出され、己が仕打ちの酷さが身に沁みた。
   任果てて都に戻った侍は、旅装も解かず棄てた邸に駆けつけた。屋根には丈高く草が繁り塗籠の壁も朽ちている。奥へ踏み込んだ男は、かつて夫婦の間であった部屋でやつれ果てた女をみつける。手をついて謝る夫、泣き濡れた笑顔でいたわる妻。明日からの暮らしを語らううちに夜が更けていく。
  肌寒さに目覚めた男は、麻の繁る荒れ家に横たわっているのに気づいた。傍らには朽ちた骸がひとつ。うろたえて走り出た大路で、事情を問う男に物売りの翁は語った。「夫に去られた妻がひとりきり住んでおった。己を捨てた男を恋うあまり病になって、世話する者もないまま、去年の秋に死んでしもうたわい」。


■例2:順番を替えて
  侍が都を発ったのは秋の始めだった。没落して先の見えぬ暮らしに見切りをつけ、多年添うた妻を去って奥州の国主の婿になり、任地へ向かうのである。街道に萩の花が咲き初めていた。
  棟高く梁太い広壮な邸。鄙とはいえど贅を凝らした食が膳を彩る。喜ぶ侍の目の先に、侮蔑を浮かべた新妻の顔があった。みちのくの暮らしが豊かであるほど、傍らに在る女の我儘が鼻につく。ひとつ椀の食を分かち合いながら、酷く棄て去った妻が思いやられた。
  数年後、任果てて都へ馳せ戻った男は、様子を聞こうと声をかけた物売りの翁から、一人暮らしを続けた妻が病を得て去年の秋亡くなったと聞く。
  夜更け、荒れ果てた邸の中に立ち尽くす男の前に、懐かしい妻の姿が現れた。泣いて謝る男、寂しく微笑む妻。今宵限りと語らううちに夜が白んでいく。気づけば傍らには朽ちた骸が横たわっていた。


  例1は、シーン2と3の間に「そそけた几帳の陰で、破れた袖に涙を隠す妻」というシーンを入れました。書き出したことで妻の哀れがかえって薄れてしまう。主人公の奢った暮らしに対する嫌悪も薄れて、歯がゆい後味の悪さを残します。
  例2は、シーン8をシーン5の前へ入れ替えました。荒家で会った妻が亡霊であることを夫が知っているという想定です。書き込みようによっては哀絶な交情の物語になるでしょうが、取り返しのつかない無常感は原作に及びません。

  すべてのシーンが劇的である必要もなければ、ひとつのシーン毎に場所を変える必要もありません。大切なのは、その連なりが物語の流れを過不足なく繋いでいること、作者の主張を効果的に表していることです。このおもしろさを、ぜひご一緒に。15期[破]開講は、2007年2月26日です。

(堀江久子/ISIS編集学校師範 ・編集工学研究所)

あなたも物語しませんか。編集学校[破]物語編集術~その7「ナレーター」

 ISIS編集学校[破]のカリキュラム「物語編集術」は、物語の五大要素を踏まえて、3000字の短編を書く稽古です。
 “ワールドモデル”に続いてご紹介する要素その2は“ナレーター”、「語り部」の役割の大事さです。誰が語るかによって、物語の視点や表現は一変します。そのよい例を見せてくれるのが、同じ事柄を複数のナレーターが語る芥川龍之介の『藪の中』やビアスの『月明かりの道』でしょう。
 僭越ながら、誰もが知っている太宰治の名作を、ナレーターを替えて語ってみましょうか。
 
 

『走れ、メロス』
 
 

■ メロスの妹婿が語る
 胸が煮える。なんだって、あんな奴の義弟になっちまったんだろう。あいつが何をしでかすか判らない馬鹿野郎だから言うんじゃねえ。そりゃ、事の顛末を聞いた時には、危なく巻き添え喰らうところだったと、厭な汗でずっくりになったさ。何が「メロスの弟になったことを誇ってくれ」だ、ふざけるんじゃねえって怒鳴りたててた。それでも、とにもかくにも無事だった上に、王様のおぼえもめでたく終わったんだ。帰ってきた奴の肩を抱いたら涙が出たっけ。
 おさまったはずの気持が底の方から滾ってきたのは、しばらく経ってからだ。村の奴らが寄ってたかってメロスをちやほやしやがるのはいい。馬鹿な兄貴が正義の神様みたいにふんぞり返っちまったのもしょうがねえだろう。我慢できないのは、俺が、「あのメロスの義弟」というふうにしか見られなくなったことだ。俺というひとりの人間が、俺のしたこと、俺であることだけを認められなくなったことだ。兄貴そっくりの眼ばっかりキラキラさせた間抜け面の女房までが、「平凡なあんたにゃ真似はできまい」なんぞと抜かす。冗談じゃねえ! 俺の家は代々律儀一筋にやってきたんだ。自分を何様だと思ってか、傍の迷惑も考えず勝手な見得を切りやがる野郎の真似ができるものか! 平凡のどこが悪い。平凡を慎ましく守っていくことが、どれほど大変な事なのか解っていやがるのか! だけど、それよりも何よりも、炒りつけられるように辛いのは、俺があの阿呆のメロスに紛れもなく嫉妬していることだ。
 羊を追いながら考える。もしも奴が磔になっていたらと。罪人の家族になるのと、「勇者」の家族でいるのと、一体どっちが不幸なんだろうかと。
 
 
 

■ セリヌンティウスが語る
 メロスを信じていたかと問われれば、そうだと答える他はない。あの男をというより、あの男の頑愚を信じていたのではあるけれど。のこのこと王宮へ踏み込んで、暗殺が果たせると思っていた脳天気。彼の王一人を殺せば悪政が絶えると信じている無邪気。死罪の身代わりを他人に頼む鉄面皮。愚かで思い込みの激しいあの男なら、約束を後生大事に戻ってくると信じていたのだ。
半面、死罪の話を本気にはしていなかった。王は、専横ではあるけれど、愚昧ではない。王族や貴族を殺したかも知れないが、庶民を手に懸けたことはない。どうせ一時の座興だろう、メロスが戻らなくても嘲るくらいで俺を放免してくれるだろう。そう高を括っていた。
 だから、磔柱に縛られた時は動転した。頭の中が冷たくなった。「助けてくれ。あんな奴は友達じゃない。身代わりなんかになりたくない」。叫びたくても歯の根が合わない、声が出ない。ようやくメロスが現れて足に縋りついた時、俺は失禁しそうになっていた。奴と抱き合って号泣したのは、感激したからじゃない。腰の抜けるほどに安堵したからだ。
 ほとびるような心地も冷めて、観衆の手前をつくろう余裕もできた時、近づいてくる王と眼が合った。本音を見抜かれていると直感した。だが、降ってきたのは罵倒でも恫喝でもなかった。「仲間に入れてくれまいか」。媚びるような声に震え上がる。これは、俺の欺瞞に対する罰なのか。愚劣と峻烈、いつ何時、何を負わせるわからぬ二人の人間の「佳き友」を、生涯演じ続けねばならぬのか。群集の歓呼の中、俺は、牢獄より暗く死罪より危うい行く末に、独り慄いていた。
 
 
 

■ ディオニス王が語る
 やっと戻ってきおったか。何たる様だ、素裸ではないか。涙やら汗やら鼻水やらで汚らしいことこの上ないが、見世物としては上出来だ。処刑を待ちくたびれて騒いでおった大衆が一緒になって泣いておるわ。
元より奴を殺す気など無かった。あんな輩にわしを弑することなどできようか。「真実」なぞは主観的な代物で、人の数だけあるとさえ知らぬ蒙昧の徒。言うても解らぬだろうから、鞭の百もくれて放してやるつもりだったのだ。
 気持の歯車が食い違ったのは、奴とあの石工が「無二の友」と呼び合うのを聞いた時だ。「無二」だと。なるほど、あの愚直な男は、さぞや良い兄、好い隣人であろう。石工もシラクスの街で一番の職人と聞いた。いなくなれば嘆く者が大勢いるに違いない。ならば、わしはどうだ。気性激しき妹は、夫や子をたきつけてわしに刺客をよこし、実権を握ろうとした。后は、溺愛する子を早く王位につけたくてわしに毒を盛ろうとした。アレキス奴は、したり顔の諫言を繰り返すことで、わしより治才あることをひけらかしていた。つましく日を送る庶民の替わりはなくとも、わしの、王の代わりなぞ、いくらでもある。汚名を承知で近親を殺し、ようやく守った「無二」。それを労せずして持っている奴らが憎くてたまらなくなったのだ。
 見ていよ。質朴安穏の中で生まれ、危機の中で昇華された「無二」が、王の寵という僥倖の中で、見舞うであろう嫉妬や欺瞞の中で、果たして保たれるものかどうか。おのれが鼻で哂ったわしの寂寥を思い知るがいい。どれ、そろそろあの「美談」に一役買いに出るとしようか。
 
 
 
 
 物語が展開するのは限られた時空間でも、キャラクターは、その前後にそれぞれの人生を抱えています。誰を“ナレーター”に据えるかで、物語の意味合い・奥行きもまた一変します。
このおもしろさを、ぜひご一緒に。15期[破]開講は、2007年2月26日です。

あなたも物語しませんか。編集学校[破]物語編集術~その6「ワールドモデル」

 ISIS編集学校[破]のカリキュラムのひとつ「物語編集術」は、さまざまな編集技法を駆使して、3000字の短編を一気に書く稽古です。
 物語が成立するための要素は、大きく分けると5つあります。その第1が“ワールドモデル”。ある時代や場所や事件から切り取った時空間、物語の「舞台」となる世界を意味します。
 『女の一生』や『脂肪の塊』で知られるモーパッサンは、普仏戦争に取材した多くの短編を書いています。その中から、「占領」を“ワールドモデル”にした物語を取り上げてみました。


■ 占領直後の森で
『狂女』 
 石も割れるほど凍った12月のある日、コルメイユの村にプロシャ兵が侵入してきた。住人は全員士官の前に出頭したが、村はずれに住む一人の女が家から出てこない。彼女は、父と夫と3歳の息子を一時に亡くして精神に異常をきたし、15年間床についたままだった。居丈高な士官は反抗ゆえの仮病だと決めつけ、寝室へ踏み込んで、見くびるなと怒鳴り散らす。それでも身動きひとつしない様子に激怒して、布団ごと女を運び出させた。止める隣人を銃で脅しつけ、布団を吊った行列は森の奥へと進む。それきり狂女を見た人はいない。戦争の終わった翌秋、隣人は、森の枯葉の中から白骨を見つけ、子孫が二度と戦争を見ないお守りにするため、大切にしまいこんだ。
***
 プロシャ士官が我慢できなかったのは、狂女が無視したことではなく、戦争という「一大事」の中で自分だけの悲劇にとどまっていることです。個々の感情を、あってはならないものにしてしまう。戦争の最も深い災禍は、一見小さなそんなことにあるのではないかと考えさせる作品です。 


■ 占領中の村で
『母親』 
 豊かな田園地帯ヴィルローニュ。密猟を生業とし、<蛮家>の異名で知られる粗暴なシモン家も、一人息子が出征した後はヴィクトワール婆さん一人きりである。草屋根が雪を被る頃、この村にもプロシャ兵が進駐してきた。兵士の宿は各戸に割り当てられ、<蛮家>にも4人が泊まりこむ。故国に母を残してきた兵士達はやさしかった。婆さんも4人を可愛がり、穏やかな日々が過ぎていく。
 ある朝、一通の手紙が届く。戦地の息子が砲弾にやられ、「真っ二つになって」死んだという報せだった。その夜、婆さんは4人の眠る家に火をつける。悲鳴も止み、火も小さくなった時、プロシャ士官の前に引き出された婆さんは言い放つ。
「わしがやったんです。あの人達の親御さんに言うてくださいまし。このわしが、<蛮家>の倅の親がやったのだと」
銃殺された婆さんの死体は「真っ二つになって」、ぴくぴくする手に血まみれの手紙を握っていた。
***
 事が起これば真っ先に犠牲になる「庶民」。その共感が生んだ理屈抜きの愛情が、一通の手紙でもろくも崩れます。息子のように暮した4人に責のないことも、彼らの親の悲憤にやり場がないだろうことも、十分に知った上の行為。「母」であることがさせた理不尽が、「愛国心」の名にすり替えられてしまうもどかしさに、読者も遣る瀬ない思いをさせられます。
 

■ 占領が解けた町で
『二十九号の寝台』  
 ルーアンの町の高級娼婦イルマは、軽騎兵隊きっての伊達男エピヴァン大尉の恋人になる。町中に見せびらかすような蜜月も束の間、戦争の勃発によって、大尉は前線へ派遣されてしまう。独り残された彼女を見舞ったのは、進駐してきたプロシャ兵の暴行だった。梅毒に罹り施療院に入院したイルマを、帰還した大尉は「自分を笑いものにした」と罵る。死に瀕した身体に残るありったけの力を怒りに変えてイルマは叫んだ。
「治療しようなんて思わなかったわ! 大勢と寝たわ! あんたなんかより、あたしのほうが、よっぽどプロシャの奴らを殺してやったもの! あんたなんかより、そうよ、あんたなんかより・・・」
***
 戦争という大義名分に比べ、イルマの闘いはあまりに凄惨で孤独です。文字通りの死闘をただ蔑んでいた町の人達、大尉を嘲ることで彼女を辱めた軍隊の同僚、そして唯一の味方であるべきだった恋人。平和な時にはもてはやした美娼を、戦時には「堅気」の盾にしてはばからず、なおその上に侮蔑する。同朋が敵軍以上に敵である中で、放たれた一矢の虚しさが、読む者の胸を詰らせます。

 

 “ワールドモデル”の設定によって、物語の色合いや枠が決まります。だからといって、ストーリーや心象描写までが決まってしまう訳ではない。むしろ、起こりうる「限り」、超えられる「一線」が生まれて、創造の自由が生まれます。物語を書くことは、定めた“ワールドモデル”の中に、様々な人生を置いていくことです。
 このおもしろさを、ぜひご一緒に。編集学校15期[破]開講は、2007年2月26日です。
※[破]の前には基礎編[守]。
  15期[守]は10月2日開講です。

あなたも物語しませんか。編集学校[破]物語編集術~技法その5「象徴」

 ISIS編集学校[破]の「物語編集術」は、さまざまな編集技法を駆使して3000字の短編を書く稽古です。その技法の一端を、古今の文学作品でお目にかけます。[破]を学べば、あなたもこんな物語が書けるはず。今回は“象徴”をテーマに、幼年期の思い出を語ったみずみずしい作品から例を探してみました。


■ 「ぬくもり」を象徴する
『銀の匙』 中 勘助
 「書斎の引き出しに、ひとつの小箱がしまってある。小さいときの玩びであったこまごましたものがいっぱい詰めてあるが、そのうちにひとつ珍しい形の銀の小匙があることを忘れたことはない」
 生後間もなく亡くなった兄の代わりのように、翌年生まれた主人公はひ弱な子供だった。小さな銀の匙は、絶えず病気になる幼児の口に薬をすくい入れるため、年老いた伯母が使っていたものである。
 5歳になるまでおんぶして、いじめっ子の拳の盾になり、ちゃんばらごっこで叩かれて、小学校の授業が終わるまで校門にもたれている。泣き虫弱虫の甥を庇い続けた小さな背の思い出が、古い匙の反りに重なり蘇る。
***
 主人公の伯母は、零落の果てに夫に死なれて、弟の家に寄食する身でした。かすむ目なえた足を押してするみそっかすの子のお守は、家の役に立つことより、情をそそぐ相手のいることで、自分のいる意味を感じさせてくれる大切な仕事だったでしょう。かがんだ背にもたれかかる小さな胸。頼りあい重ねた身の描く曲線のぬくもりが、やわらかな光を放つ古びた匙の描写を通して、ひっそりと伝わってきます。


■ 「はかなさ」を象徴する
『幽霊』 北 杜夫 
 「<死>に選ばれた人にかぎって、ことさらやさしく、ことさら繊細に造られているもののようだ。さながら<死>が<生>に対して自らの優位を示そうとするかのように」
 日本間の書斎に終日籠っている学者の父と、応接間の洋燈の下で談笑する客好きの母。両親のいるうちは二人の間の空隙で、いなくなってからは伯父の昏い古い屋敷の中で、寄り添って育った二つ違いの姉は、少女になりきらないうちに<死>に捕らわれてしまった。ひとり残された少年は戸外に昆虫を追い始める。最初は家の裏の原っぱで、長じては森の奥や山の上で。蝉や蜻蛉、クワガタや甲虫を、とりわけ夢中になって蝶や蛾を。銀白のシジミチョウ、蒼い月の色のオオミズアオ。光るように可憐で、透けるほどに繊細だった姉の面影を、儚い羽に映し見たように。
***
 物心のついた頃他国で亡くなった父。その後間も無く家を出た母。倒れて半日で逝ってしまった幼い姉。家族のみならず、ひきとってくれた伯父も、遊んでくれた従兄弟達も、可愛がってくれたばあやも、この物語に登場する「人」は、皆存在が希薄です。それを補うように、全篇を通して濃密に語られる「蝶」の思い出。
彼が本当に掴み捕ろうとしたのは、姉よりも、命そのものよりも、生と生との絆のはかなさであったことが、惻惻と伝わってきます。


 「象徴」は、一見使いやすい技法です。それだけに、表面上のひとつのものだけを表すことに使ってしまいがち。その奥にあるもの、自分も気づいていないかもしれないものを、如何に匂わせるのか、浮上させるのか。
このおもしろさを、ぜひご一緒に。14期[破]開講は、7月31日です。
(堀江久子/ISIS編集学校師範 ・編集工学研究所)

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