あなたも物語しませんか。
編集学校[破]物語編集術~技法その2「変容」
ISIS編集学校[破]の「物語編集術」は、さまざまな編集技法を駆使して3000字の短編を書く稽古です。その技法の一端を、古今の文学作品でお目にかけます。[破]を学べば、あなたもこんな物語が書けるはず。今回は“変容”をテーマに、モノローグ(独白体)の作品に例を探してみました。
■ 「風景」で変容させる
『監獄署の裏』 永井 荷風
「広々と澄み渡った青空が一目に打仰がれる。無数の蜻蛉が仏蘭西の夏空に高く飛ぶ燕のように飛交っている。コスモスが様々の色に咲き乱れている。葉鶏頭の紅が燃え立つよう。ああ忘れられた夏の形見」。
「空はどんよりといつでも曇っています。鼠色した二、三匹の鶺鴒が苔の花をついばみつつ歩いている。黄金色の小菊が咲き出しました。秋草の黄ばみが際だって見えます。秋は早や暮れてゆきます」。
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二つの光景は、ひと月の間をおいて、同じ四阿屋(あずまや)から見たものです。
学位もとらず、職も身に付けない暮らしを咎められ、留学先のフランスから連れ戻された主人公は、市ケ谷監獄署裏の父の邸で、無為に日を送っています。周りは貧しい場末の町。門を出れば、野卑な人々が嫌でも目につく。外を厭い怖れて邸に籠もり、庭を眺めて暮すうちに、季節はうつろってゆきます。
前者は、描写されるもの全てが、高く・明るく・軽く・速い。後者のそれは、低く・暗く・重く・淀む。キレのいい語尾も、「です・ます」調に変わっています。何を見てもフランスを思い出し、再びの渡欧を夢見る高揚が、邸からさえ出られぬ日々の底に沈んでゆく。主人公の失意を、とぼん とした秋の空気とともに深化させてゆき、物さびしい余韻とともに終わる物語です。
■ 「口調」で変容させる
『駆け込み訴え』 太宰 治
「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い」
堰を切って落としたように、イエスの身勝手・無慈悲を言いたてるユダ。飢えも凍えもさせまいと、師を護る金の工面に苦労してきたものを、まるで穢れのように扱われた日々。つのりゆく悲憤の口調が、密告の褒美を拒絶しかけて、ふと変わる。
「金銭ゆえに私は、優美なあの人から、いつも軽蔑されてきたのだっけ・・・」。
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吐き捨て叩きつけるようなモノローグの中で、ただ一度、ひそり とつぶやく声が痛々しい。この言葉の後、馬鹿にするなといきりたっていた態度を豹変させ、ことさら卑屈に褒美を受け取る主人公。役人に名を問われ、追従笑いしながら、「イスカリオテのユダ」と名のって物語は終わります。
師を売った人非人として諸人の軽蔑を浴びることには、たかだか怒りしか湧かない。けれど、たった一人のいたわりをもらえなかったことに、自分は生涯心傷め続けるだろう。気づいたユダの絶望をこの一文で表現し、褒美を投げ捨て命を断つ「その後の物語」へと読者を誘います。
登場人物の心象の変容を、説明してしまっては、みもふたもない。何に置き換えるのか、どう凝縮するか。どこに仕掛けるのか、どう表現するか。それは、物語のサイズ・世界によって様々に変わり、その後の展開までを左右します。
このおもしろさを、ぜひご一緒に。14期[破]開講は、7月31日です。
(堀江久子/ISIS編集学校師範 ・編集工学研究所)






