あなたも物語しませんか。編集学校[破]物語編集術~その6「ワールドモデル」
ISIS編集学校[破]のカリキュラムのひとつ「物語編集術」は、さまざまな編集技法を駆使して、3000字の短編を一気に書く稽古です。
物語が成立するための要素は、大きく分けると5つあります。その第1が“ワールドモデル”。ある時代や場所や事件から切り取った時空間、物語の「舞台」となる世界を意味します。
『女の一生』や『脂肪の塊』で知られるモーパッサンは、普仏戦争に取材した多くの短編を書いています。その中から、「占領」を“ワールドモデル”にした物語を取り上げてみました。
■ 占領直後の森で
『狂女』
石も割れるほど凍った12月のある日、コルメイユの村にプロシャ兵が侵入してきた。住人は全員士官の前に出頭したが、村はずれに住む一人の女が家から出てこない。彼女は、父と夫と3歳の息子を一時に亡くして精神に異常をきたし、15年間床についたままだった。居丈高な士官は反抗ゆえの仮病だと決めつけ、寝室へ踏み込んで、見くびるなと怒鳴り散らす。それでも身動きひとつしない様子に激怒して、布団ごと女を運び出させた。止める隣人を銃で脅しつけ、布団を吊った行列は森の奥へと進む。それきり狂女を見た人はいない。戦争の終わった翌秋、隣人は、森の枯葉の中から白骨を見つけ、子孫が二度と戦争を見ないお守りにするため、大切にしまいこんだ。
***
プロシャ士官が我慢できなかったのは、狂女が無視したことではなく、戦争という「一大事」の中で自分だけの悲劇にとどまっていることです。個々の感情を、あってはならないものにしてしまう。戦争の最も深い災禍は、一見小さなそんなことにあるのではないかと考えさせる作品です。
■ 占領中の村で
『母親』
豊かな田園地帯ヴィルローニュ。密猟を生業とし、<蛮家>の異名で知られる粗暴なシモン家も、一人息子が出征した後はヴィクトワール婆さん一人きりである。草屋根が雪を被る頃、この村にもプロシャ兵が進駐してきた。兵士の宿は各戸に割り当てられ、<蛮家>にも4人が泊まりこむ。故国に母を残してきた兵士達はやさしかった。婆さんも4人を可愛がり、穏やかな日々が過ぎていく。
ある朝、一通の手紙が届く。戦地の息子が砲弾にやられ、「真っ二つになって」死んだという報せだった。その夜、婆さんは4人の眠る家に火をつける。悲鳴も止み、火も小さくなった時、プロシャ士官の前に引き出された婆さんは言い放つ。
「わしがやったんです。あの人達の親御さんに言うてくださいまし。このわしが、<蛮家>の倅の親がやったのだと」
銃殺された婆さんの死体は「真っ二つになって」、ぴくぴくする手に血まみれの手紙を握っていた。
***
事が起これば真っ先に犠牲になる「庶民」。その共感が生んだ理屈抜きの愛情が、一通の手紙でもろくも崩れます。息子のように暮した4人に責のないことも、彼らの親の悲憤にやり場がないだろうことも、十分に知った上の行為。「母」であることがさせた理不尽が、「愛国心」の名にすり替えられてしまうもどかしさに、読者も遣る瀬ない思いをさせられます。
■ 占領が解けた町で
『二十九号の寝台』
ルーアンの町の高級娼婦イルマは、軽騎兵隊きっての伊達男エピヴァン大尉の恋人になる。町中に見せびらかすような蜜月も束の間、戦争の勃発によって、大尉は前線へ派遣されてしまう。独り残された彼女を見舞ったのは、進駐してきたプロシャ兵の暴行だった。梅毒に罹り施療院に入院したイルマを、帰還した大尉は「自分を笑いものにした」と罵る。死に瀕した身体に残るありったけの力を怒りに変えてイルマは叫んだ。
「治療しようなんて思わなかったわ! 大勢と寝たわ! あんたなんかより、あたしのほうが、よっぽどプロシャの奴らを殺してやったもの! あんたなんかより、そうよ、あんたなんかより・・・」
***
戦争という大義名分に比べ、イルマの闘いはあまりに凄惨で孤独です。文字通りの死闘をただ蔑んでいた町の人達、大尉を嘲ることで彼女を辱めた軍隊の同僚、そして唯一の味方であるべきだった恋人。平和な時にはもてはやした美娼を、戦時には「堅気」の盾にしてはばからず、なおその上に侮蔑する。同朋が敵軍以上に敵である中で、放たれた一矢の虚しさが、読む者の胸を詰らせます。
“ワールドモデル”の設定によって、物語の色合いや枠が決まります。だからといって、ストーリーや心象描写までが決まってしまう訳ではない。むしろ、起こりうる「限り」、超えられる「一線」が生まれて、創造の自由が生まれます。物語を書くことは、定めた“ワールドモデル”の中に、様々な人生を置いていくことです。
このおもしろさを、ぜひご一緒に。編集学校15期[破]開講は、2007年2月26日です。
※[破]の前には基礎編[守]。
15期[守]は10月2日開講です。






