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●第31夜 対話1977年9月23日(3)


 葉桜から新緑へ、薫風が身をつつむ頃になると、わたしの中の八木秋子が一段と立ち上がり、像を結びます。

 30年前の1977年5月、八木秋子個人通信「あるはなく」の発行を思い立ち、収容されていた老人ホーム「養育院」を何度か訪ね、広場の緑陰で聞き書きを始めたのがこの季節。

 翌年、初めての八木秋子著作集Ⅰ『近代の<負>を背負う女』の出版記念会を、文京区新江戸川公園会館で開いたのが4月29日。3年後の1981年5月11日は著作集Ⅲ『異境への往還から』を発行。その5月11日は長男健一郎の誕生日であり、子どもを置いて家出を決行したのは5月1日。いつもこの季節でした。

 そして「あるはなく」第1号の発行から6年後、八木秋子88歳の生涯を閉じたのが、メイストームが吹き荒れた1983年4月30日だったのです。記憶というものはそういった四季折々の風景と一緒におとづれるのですね。わたしの心身に沁み込んだ痕跡が滲み出される、想起するのだと思います。


 さて、1977年9月23日の「八木秋子と相京の対話」の掲載を続けます。
 -----------------再掲-----------------------
 第1号の反響に応え、八木秋子は「第27夜:わが子との再会」を一気に書き上げました。それを掲載した第2号は9月20日発行。つまり、この対話は発行直後の秋分の日の連休にわたしの家に来た際の、ふたりとも興奮気味でまさに渦中での会話といったものでした。今考えると元気な八木秋子との共同作業がもっとも熱気をはらんでいた時期だったといえます。
  その対話を1987年にまとめ、そのころ発行していた冊子「パシナⅤ」に掲載しました。今回の掲載にあたり、一部訂正しております。
 -----------------再掲-----------------------

1977年9月23日 八木秋子・相京範昭 
 (『パシナⅤ』1987秋刊行 より)

 ☆第29・30夜のつづき。


【相京】ぼくは八木さんにね、清瀬にいるときから、宗教のことをどう思いますかって言ってきましたよね。
【八木】ええ、よく言いました。
【相京】やっぱり、ぼくはそのあたりとアナーキズムとの関係をね、似たところでとらえているんですよね。
【八木】とにかく親鷺の深さっていうのはね、大変なもんだ。空海はのぼりつめて、全知識をみんな自分のものにして、そして日月の上に立った。これ以上の栄誉はない所に。ところが親驚はそんな所はねえ。あの人はもう、偉くなればなるほど、世間が持ちあげれば持ちあげるほど、たんたんと愚者になって、無学のものになれってね、無っていうね、そこに行くのが本当だ、そうにね。あれの結論の違いっていうのは大変なもんだ。
 あたしはねえ、思うけど、これからあんたに何を語って、どういうものを書いていくか考えると、本当に本が欲しいと思う。本というのはね、あのドストエフスキーのような、大きな大きな深いもの。そういうものもぜひ欲しいけど、何でもない日常のことを書いたもので、本当になるほどなあと思うことがあるでしょう。今のこのなんていうか、瞬間的なねえ、享楽的な、そうじゃなくて、もっと日常のなんでもない会話の中にピカっ、ピカって光る、そうにね。

◆千夜千冊【0397】親鸞・唯円『歎異抄』1954 角川文庫
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 なおぼく(注:松岡正剛)としては吉本隆明の『最後の親鸞』(春秋社)、中島尚志の『親鸞・悪人の浄土』(三一書房)がおもしろかった、ときがある。
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【相京】養育院の図書室に本、八木さんの本を集めたらどうかなあ、乗っ取っちゃうっていうか。
【八木】いや、あそこは全く。
【相京】だって入る時、本を持って行けなかったのは設備があるっていうことじゃなかった? そのひとの本というわけには行かないけど、置いとくのは構わない。そう職員は言ってましたけどね。
【八木】そうですか。職員がなあ。
【相京】だから図書室に本もっていって、置いといて、読む人がいないなら、それを逆に利用して、八木さんの読みたい本を置いていったらどうかな。いつもそこに行って読めばね。
【八木】だけど、わたしやっぱりね、確かなものは読むところから生まれると思う。ふわふわしてるよ、わたしなんか。
【相京】この前の吉本隆明の講演の中で、埴谷雄高のことを引用したもの送ったでしょう。いいものがあったらこれからも送りますよ。革命家はいつも革命家だなんていうのは嘘っぱちで、あるいはその人間というのは普通の時間では平凡な人間であるかも知れない、ただある瞬間だけキラリと光って革命家になることもある、そういう埴谷の言葉を引用していたわけだけど。
【八木】ああ、あれはよかったなあ。それは確かだ。それと、あんたの今いった図書館の話しはもうちょっと待って。
【相京】ええ、それはもう。

◆千夜千冊【0932】埴谷雄高『不合理ゆえに吾信ず』1956 月曜書房・1961 現代思潮社
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 ぼくは(注:松岡正剛)この一夜の埴谷さんがぼくのイメージの中にいるかぎりは、まだぼくも闘えるような気がしているのだ。
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【八木】それにしても読むってことはいいことだねえ。だけどわたしの頭脳の力が衰えてきているということはよくわかる。
【相京】だけどねえ、みんな言ってるかも知れないけど、八十過ぎてねえ、しっかりしてる。
【八木】八十三だ(笑)。だけど長かないよ。ああ、それにしても、さっきの埴谷さんの言葉のようにああいう言葉をチラッチラッっていうことはいいことね。本当にいいことね。
【相京】前にいったことだけど、八木さんに今やってもらいたいことは吉本の「最後の親鷺」の読後感と聖書の旧訳版に対する註釈、八木さん流のね。それと「あるはなく」の発行ですよ。
【八木】親鶯とキリスト教を「あるはなく」に書くってことか。それがうまくいったら面白いだろうね。それと女性と男性と。
【相京】そうですよ。それで八木さんの根底の中にあるのは子供のことなんだから、母親という、女という意識が出てくると思うんだ。だから、そこから視たら面白い。それはやれますよ。知識というものに対する考え方、姿勢というか、峠を越えて行くといったさっきのようなね。それが本当だと思うからね、ぜひ。何年かかってもいいから。モチーフですよ、八木さんのね。これからのね。みせて下さい。語り継ぐという、それがぼくなんかとの接点ですからね。みんながねえ、おばあちゃんとぼくみたいに若いものとがなんで気が合うのかっていうね、みんな不思議がってますけど。ぼくはね、八木さんを発掘するとかなんとかいう大袈裟なことじゃあないんです。ぼく自身のあれなんです。これからの思想みたいなね、そこのぶっつけ合いですよ。はっきりいって。

(隣りの部屋で一歳の李枝が泣き出して中断)

【八木】わたしはね、記憶違いでとんでもないミスをやった。内村鑑三のね、「木の嵩を増すが……」と第1号で書いたでしょう。あれがどうもつなぎが変だな、と思ったら、わたしの記憶が抜けていたんだな、二行。「橿は三百年を経て枯れて倒れて丸太たるのみ」そこへ二行入らなけりゃあならないんだ。「その日かぎりの百合の花は五月の空に春をのこし」。それを入れないもんだからとっても変なのよ。内村全集を読んだ人なら、ああ、これは大変なミスだとわかる。今ね、わたしの欲しいものは電気の光と、電気がいつでもあって使えるっていうこと。そして静かっていうことだ。

◆千夜千冊【0250】内村鑑三『代表的日本人』岩波文庫鈴木範久 訳
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◆千夜千冊【0700】野口雨情『野口雨情詩集』1993 彌生書房
そこでぼくは(注:松岡正剛)、ここでは、内村鑑三とその周辺の詩人とのあいだに甚だ精神的で瑞々しい共振の日々があったことだけを、あえて書いておこうとおもう。
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 ☆参照:第18夜 清沢洌と八木ふじ 
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(母親に背負われた李枝をみて)

ちょっとねえ、初めてだから興奮したんじゃあないかしら、子供はね、年寄りをみるとこわがるんだ。そりゃあね、年をとってね、しわの顔と骨ばった顔とそこへもってきてメガネだろう?子供はこわがるんだ。

【相京】さっきの親鷺の話、よかったですよ。だから、いつかテープにとって文章にしましょうよ。
【八木】親鴛のこと研究するっていうのは大変なことだ。
【相京】いや全部でなくて……。
【八木】言葉を抜き出してか、言葉を。
【相京】自分に響くものを引き出して書いていけばいいと。親鷺を解説するっていうことじゃないから。それから前に喫茶店で面白い話をしたのは、八木さんにとって敵は何だっていったら、敵は退屈することだといったよねぇ。
【八木】ウフフフ、偉そうにねえ。さも非凡な人のように。でも、そうだな、わたしはキライなんだ。女の年寄りは長男がどこへ行ったとかどこから嫁を貰ったとか、娘はどういう所へ嫁に行ったとか、ああだこうだとか、みんな自分と自分の身内の解説から延々と、女は自分と身のまわりの一番近いもの、それ以外はなんにも興味がないんだなあ。だから部屋でそんな話を聞いた日にゃ、眠くなつて仕方がない。その退屈するにもねえ、長男や娘のことを言っても、その中に面白いひらめきがあるとそれは生きてくるんだ。キラってひかるものがあればいいんだけど本当に少ない。
【相京】ひらめきっていうか、キラっていうのは日常をね、生活を超えてますからね。

 以上。

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