様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
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地球移動計画

地球温暖化に対しては、こんな奇想天外な解決策を考えている学者がいる。
地球の軌道をもう少し外側にずらして、太陽から遠ざかろうというのだ。

この説を唱えたのは、元NASAエームズ研究所研究員のグレッグ・ラフリン博士らだ。
地球を動かす方法としては、直径100キロメートルくらいの小惑星をなんらかの手段で、地球の間近を通過させる。
その反動で、地球を少しずつ動かそうというのだ。


実現するにはリスクが大きすぎるが、壮大な計画である。
こういう途方もない研究をしている博士が私は好きだ。

私のホームページ→ 奇天烈科学の世界

西暦2525年を覚えてますか?

60年代の洋楽ヒット曲に、ゼーガーとエヴァンスの「西暦2525年」がある。
西暦2525年から10000年までの人類の歴史を、わりと悲観的に描いた歌詞だった。
そんなに未来のことまではわからないが、100年後のシミュレーションなら、地球の平均気温が1~3.5度くらい上がるらしいことがわかっている(IPCC予想)。


ところで、この地球温暖化は、人為的な二酸化炭素放出のせいであるとよくいわれており、半ば常識とされている。
しかし、これはかならずしも常識ではないという説もあるのだ。


最初にお断りしておくと、私は、二酸化炭素放出規制に反対しているのではない。都会に暮らしていると、車の排気ガスのひどさは日常的に感じるし、もっとなんとかして欲しいと常々思っている。


それはそれとして、地球温暖化の話なのである。
以前、気象研究家の根本順吉さんから、あるグラフを見せてもらって衝撃を受けた。
そのグラフによれば、二酸化炭素が増えているから気温が上がっているのではない。先に気温が上がって、それに伴って二酸化炭素が増えているのだ。(→参照
因果関係が逆なのである。


それに、二酸化炭素増加のもっとも大きい原因は人為的なものではない。実は、海水なのである。海水温度が上がると、海水に溶けこんでいた二酸化炭素が大量に放出される。
グラフをそれを示しているのだ。


つまり、人為的な原因以外のなんらかの原因で地球の温度が上がり、そのために二酸化炭素が増加しているということだ。
なんらかの原因とは、たとえば、太陽の活動が活発化するなどの原因が考えられる。
太陽のエネルギーに比べれば、人間のつくるエネルギーなどたかが知れているということだ。
だからといって、環境問題がどうでもいい、といっているわけではありませんので、そこのところよろしく!


では、最後に、また視覚編集の体験コーナー。
踊っている女性のシルエットの回転が、あれ、途中で突然変わる!
くるくるくるくる

孤独な異端者の夢想

(前回のつづき)ニュートンの聖書研究はかれこれ50年の長きにわたり、書き残した文書は4500枚にものぼる。それらの遺稿のほとんどはニュートンの死後200年以上封印されていたが、経済学者ケインズによって買い取られ、最終的にエルサレムの国立図書館に保管された。
1997年、カナダのニュートン研究家スティーブン・スノベレン博士が、半ばうち捨てられたこれらの文書を整理していたところ、世界終末の年を示すメモが見つかったのだという。
ニュートンの予言が正しければ、人類は2060年に滅亡する。
まあ、私には関係ないけど、そんな先のことは。


しかし、ニュートンの聖書研究の解明がいままで進んでいなかったのはなぜなのだろうか。ひとつには、注目に値せずと評価されていたこと、もうひとつは、ニュートンが異端者であったからだろう。
そう、実は、ニュートンは、当時の教会からすると異端だった。正統とされていた「三位一体説」を否定するアリウス派に属していたからである。もちろん、ニュートンは、それを公にすることはなかった。
だから、ニュートンの聖書研究は生前には1冊も発行されていない。死後になって、『ダニエル書における預言と聖ヨハネの黙示録(Observations Upon the Prophecies of Daniel and the Apocalypse of St. John. )』などが刊行されたのみだ。


ところで、ニュートンは何の根拠があって、ハルマゲドンの年を2060年と解読したのか。スティーブン・スノベレン博士によると、ニュートンは次のように読み解いたようだ。
「ダニエル書」の第12章7節に、「それは、ひと時とふた時と半時である」との一節がある。これをニュートンは、「1年と2年と半年」と解釈した。合計で3年半だ。月に直すと42か月である。さらに日に換算すると1260日(一月を30日として)になる。それを裏付けるかのように、「ヨハネの黙示録」の第11章3節、第12章6節に1260日という記述が見える。ニュートンは、1260日を1260年であると読みかえた。
そして、この1260を、ニュートンが教会の背信行為がはじまった年と考える西暦800年に加えて2060年という年を割り出した。
意外と単純かも。
おそらく、ニュートンは異端者として、当時の腐敗した(とニュートンは考えた)教会に支配された世界から解放される日を夢想していたのだろう。


「ダニエル書」も「ヨハネの黙示録」も、ともに黙示文学と呼ばれる。前者は預言者ダニエルによる夢解釈と与えられた啓示が核となっており、後者は見者ヨハネが天啓で得た、悪夢のようなビジョンで覆われている。そして、両者とも世界終末のシミュレーションであるのが共通している。
黙示文学は、主に、ユダヤ民族、あるいはキリスト教徒が激しく迫害を受けていた時期に編集された文書だ。
そのため、とくに「ヨハネの黙示録」に顕著だが、右手に七つの星を持つ者、七つの金の燭台、七つの封印など、さまざまなメタファー(隠喩)、シンボル、コードが駆使されている。
これは、「当局」に知られないために仲間内だけで通じるよう編集されているからだ。そして、現体制の崩壊と、千年王国到来への希求が慎重に織り込まれている。
D・H・ロレンスは、『黙示録論』(邦題『現代人は愛しうるか』中公文庫)において、アポカリプス(ヨハネの黙示録)を、キリスト教徒の、対国家、対世界への狂気のような敵意に満ちた書と喝破している。


また、「ヨハネの黙示録」は「7」という聖数が重要な意味を含んでいる。ニュートンの導きだした1260も7の倍数である。旧約聖書でも、聖数7はいたるところに顔をだす。
聖書をマジックナンバーによって読み解くのもおもしろいだろう。


さて、最後に気分転換として少しばかり視覚編集を。
前回紹介した「運動残効」の一種と思われるが、ちょっと劇的な効果がある画をご覧いただきます。
下記ページには2つのボタンがありますので、どちらでもいいですからクリックしていって、3ページ目の「GO!!」をクリックしてください。
ぐるぐるぐるぐる
15~20秒ほど、真ん中の点を凝視して、そのまま文字や隣の人の顔を見てください。
乗り物酔いしやすい人は気をつけてね! では!

N線上の黙示録(アポカリプス)

前回紹介した「チャンジ・ブラインドネス」のような現象が起こるのは、私たちの視角のなかで、いちばん解像度が高いのは中心部のほんのわずかな範囲しかないからである。そのため、1枚の絵を見るのにも、すばやく眼球を動かしながら(サッケード)、部分部分をスキャンしていかないと全体がとらえられない。
チャンジ・ブラインドネスと同じような現象に、一点を凝視しようとすると、まわりの静止した点が見えなくなる「トロクスラー効果」(19世紀のスイスの哲学者・医学者I・P・V・トロクスラーが発見)がある。
トロクスラー効果(Michael Bach博士作成)
真ん中の緑色の点を見つめていると、まわりの黄色い点が消えてしまう。
視野周辺の解像度の低い部分は、脳によって補正され、黄色い点は背景色の色と同じに塗りつぶされているのである。
しかし、緑色の格子はずっと見えている。視野周辺でも動いているものは知覚するようだ。なぜなのか不思議だ。


次に紹介するのは、「運動残効(motion aftereffect)」。円の真ん中をじっと見つめていると、大仏がこちらにせり出してくる。片目で見たほうが効果が強いようだ。
運動残効(Michael Bach博士作成)
視覚回路には、さまざまな動きに対応した「運動検出器」がある。ずっと同じ方向への動きを見ていると、その動きに対応した検出器が順応してしまい、逆の動きに対応した検出器の出力が相対的に強くなるのである。
このように見てくると、私たちの視覚世界は、ひじょうに高度に、というか適当に編集されたものだということがわかる。
下記ページには、そうした「視覚の編集技法」がたくさん紹介されているので遊んでみてください。
http://www.michaelbach.de/ot/index.html


さて、話を模擬(シミュレーション)に戻そう。
科学書の金字塔『プリンキピア』を残したアイザック・ニュートンは、錬金術にも入れ込んでいたことが知られているが、そのほかに聖書研究者としての顔ももっていた。
とくに聖書の黙示文学、つまり旧約聖書の「ダニエル書」と新約聖書「ヨハネの黙示録」の研究に力を入れた(→千夜千冊0333)。
そして、両書を解読して、ハルマゲドンが起こるのを2060年と予言している(詳しくは拙著『科学者は妄想する』日経BP社を読んでね)。
「ヨハネの黙示録(アポカリプス)」。
ニュートンにとって、それは、世界終末のシミュレーションであった。
つづく

見ているつもりで見えていないもの

忍者小説で有名な山田風太郎の作品に、『神曲崩壊』(廣済堂文庫)という奇書がある。そのタイトルからわかるように、ダンテの『神曲』のパロディで、作者本人が、ダンテに案内され、地獄巡りをするという趣向になっている。
本家『神曲』のように、歴史上の人物ばかりか、まだ生存中(発行当時)の有名人も多数俎上にのせられているのがおもしろい。
登場人物たちは、作者によって思いきりデフォルメされているのだが、それがかえっていかにも本人らしさ(?)を感じさせている。たとえば、こんなふうに……。
「ありったけ平らげるったって、河ぜんぶが酒じゃあ、エヘヘ、いくらあたしだってどうしようもないやね、ウイウイ、とにかくあたしゃ、八十四になるんだから……八十四ってば、こりゃもうおじいちゃんですからね。……ウィ、ウーイ」(古今亭志ん生)
「ガフッ、日本武尊、東夷(あずまえびす)の糞マラどもをことごとく薙ぎ散らしたまひしより、ガフッ、この剣マラ臭ければとて、糞薙ぎの剣と名づけたまふ、ガフガフッ」(平賀源内)
「「高倉君だろう。きみもひとつ何か歌ってくれ」
 「カラジシボタンを一つ」
 影の高倉健氏は首をふって、
 「……不器用ですから」
 と、ぶっきらぼうにことわった」(高倉健)


また、デフォルメといえば、漫画の似顔絵や、お笑い芸人の物まねなどが連想される。
なぜ、ホリ(※1)の真似するえなりかずきは本人よりえなりかずきらしいのか。ホリの演じるえなり君は、特徴の一部分だけとりだされ、デフォルメされたえなり君である。そのデフォルメによって、本人よりもえなり君らしさを感じさせているのだ。
おそらく、ここには、私たちが人を見分けたり、人の特徴などを認識するしくみが大きく関与しているのだろう。その辺は、現在の認知科学でも最大のテーマなので、また、別の機会にゆっくりとりあげてみたい。
(※1ホリ 物まねを得意とするお笑い芸人)


ところで、認知科学では、私たちが文章を読むとき、目が、サッケード(急速眼球運動あるいは跳躍運動)というすばやい眼球運動を起こしていることがわかっている。眼球は、1秒に、2~3回急速に動きながら、数文字ずつの文字をとらえる。このとき、眼球が急速運動していることに、私たちは気がつかない。そのように、私たちは文章を読んでいる。
文章を読むときだけでなく、一枚の絵を見るときでも同じだ。私たちの目は、絵の全体をいっぺんに見ているのではなく、サッケードによって、少しずつ部分的にとらえ、それをつなぎあわせて、絵の全体を知覚しているのだ。


実際に、私たちの目がサッケードを起こしている証拠を、お見せしよう。
下記のページでは、一部分だけ大きく違った、2枚の写真が交互に映しだされている。その2枚の違いがわかるだろうか(テレビでも紹介したことがありますのでご存知の方もいるかもしれません)。
2枚の写真の違いがわかりますか? (Ronald A. Rensink博士作成)
(どうしてもわからない人は、画面の上で右クリックしてみてください。メニューがでてきますので、いろいろ試してみるとわかりますよ。違うパターンの絵も見られます)


わかってみれば、なぜ、こんな大きな違いに気づかなかったのかと思うはずだ。このような現象を「チェンジ・ブラインドネス」という。
実は、2枚の写真が切り替わるとき、間に1枚のグレーのカードがはさまれている。つまり、写真1→グレーのカード→写真2→グレーのカード→写真1、の順番に切り替わっているのである。
こうすると、目が、サッケードによって、絵の全体をとらえようとしても、途中、グレーのカードで視点の動きがさえぎられるため、なかなか絵の全体をとらえることができない。そのために、2枚の写真の大きな違いも見落としてしまうのである。
グレーのカードを抜いてしまうと、「チェンジ・ブラインドネス」は起こらず、すぐに違いに気づく。


私は、文章のリズム感に関しても、サッケードのような眼球運動が関係しているのではないかと考えている。たとえば、五七五のリズムなどは、サッケードと連動しているのではないだろうか。これもおもしろいテーマなので、今後も掘り下げてみたいと思っている。

『模擬(測って調べる)』

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久我勝利(サイエンスライター)
1955年、神奈川県生まれ。出版社の編集者を経て、フリーのライターに。主に科学系、ビジネス系の分野を中心に執筆活動を続けている。また、テレビの科学番組などの企画・リサーチにもかかわる。主な著書に、『分類する技術が仕事を変える!』(日本実業出版社)、久我羅内名義で『科学者は妄想する』(日経BP社)などがある。

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