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2006年03月28日

見ているつもりで見えていないもの

忍者小説で有名な山田風太郎の作品に、『神曲崩壊』(廣済堂文庫)という奇書がある。そのタイトルからわかるように、ダンテの『神曲』のパロディで、作者本人が、ダンテに案内され、地獄巡りをするという趣向になっている。
本家『神曲』のように、歴史上の人物ばかりか、まだ生存中(発行当時)の有名人も多数俎上にのせられているのがおもしろい。
登場人物たちは、作者によって思いきりデフォルメされているのだが、それがかえっていかにも本人らしさ(?)を感じさせている。たとえば、こんなふうに……。
「ありったけ平らげるったって、河ぜんぶが酒じゃあ、エヘヘ、いくらあたしだってどうしようもないやね、ウイウイ、とにかくあたしゃ、八十四になるんだから……八十四ってば、こりゃもうおじいちゃんですからね。……ウィ、ウーイ」(古今亭志ん生)
「ガフッ、日本武尊、東夷(あずまえびす)の糞マラどもをことごとく薙ぎ散らしたまひしより、ガフッ、この剣マラ臭ければとて、糞薙ぎの剣と名づけたまふ、ガフガフッ」(平賀源内)
「「高倉君だろう。きみもひとつ何か歌ってくれ」
 「カラジシボタンを一つ」
 影の高倉健氏は首をふって、
 「……不器用ですから」
 と、ぶっきらぼうにことわった」(高倉健)


また、デフォルメといえば、漫画の似顔絵や、お笑い芸人の物まねなどが連想される。
なぜ、ホリ(※1)の真似するえなりかずきは本人よりえなりかずきらしいのか。ホリの演じるえなり君は、特徴の一部分だけとりだされ、デフォルメされたえなり君である。そのデフォルメによって、本人よりもえなり君らしさを感じさせているのだ。
おそらく、ここには、私たちが人を見分けたり、人の特徴などを認識するしくみが大きく関与しているのだろう。その辺は、現在の認知科学でも最大のテーマなので、また、別の機会にゆっくりとりあげてみたい。
(※1ホリ 物まねを得意とするお笑い芸人)


ところで、認知科学では、私たちが文章を読むとき、目が、サッケード(急速眼球運動あるいは跳躍運動)というすばやい眼球運動を起こしていることがわかっている。眼球は、1秒に、2~3回急速に動きながら、数文字ずつの文字をとらえる。このとき、眼球が急速運動していることに、私たちは気がつかない。そのように、私たちは文章を読んでいる。
文章を読むときだけでなく、一枚の絵を見るときでも同じだ。私たちの目は、絵の全体をいっぺんに見ているのではなく、サッケードによって、少しずつ部分的にとらえ、それをつなぎあわせて、絵の全体を知覚しているのだ。


実際に、私たちの目がサッケードを起こしている証拠を、お見せしよう。
下記のページでは、一部分だけ大きく違った、2枚の写真が交互に映しだされている。その2枚の違いがわかるだろうか(テレビでも紹介したことがありますのでご存知の方もいるかもしれません)。
2枚の写真の違いがわかりますか? (Ronald A. Rensink博士作成)
(どうしてもわからない人は、画面の上で右クリックしてみてください。メニューがでてきますので、いろいろ試してみるとわかりますよ。違うパターンの絵も見られます)


わかってみれば、なぜ、こんな大きな違いに気づかなかったのかと思うはずだ。このような現象を「チェンジ・ブラインドネス」という。
実は、2枚の写真が切り替わるとき、間に1枚のグレーのカードがはさまれている。つまり、写真1→グレーのカード→写真2→グレーのカード→写真1、の順番に切り替わっているのである。
こうすると、目が、サッケードによって、絵の全体をとらえようとしても、途中、グレーのカードで視点の動きがさえぎられるため、なかなか絵の全体をとらえることができない。そのために、2枚の写真の大きな違いも見落としてしまうのである。
グレーのカードを抜いてしまうと、「チェンジ・ブラインドネス」は起こらず、すぐに違いに気づく。


私は、文章のリズム感に関しても、サッケードのような眼球運動が関係しているのではないかと考えている。たとえば、五七五のリズムなどは、サッケードと連動しているのではないだろうか。これもおもしろいテーマなので、今後も掘り下げてみたいと思っている。

2006年03月12日

不可能な物体Xにかんする事情

先回の「ありえない風景」の続きというわけではないが、今度は、ありえないオブジェの話である。
まずは、下記ページを見ていただきたい。
1 ペンローズの三角形
物理学者ロジャー・ペンローズが考案した図形であるが、よく見ると、現実にはありえない三角形であることがわかる。
ペンローズは、このように不可能な図案を好んで描いている。
だが、下記ページを見ていただくと、なんと、この不可能な三角形がリアルな模型になっているではないか。
2 ペンローズのリアルな三角形
これには、タネもしかけもない、わけではない。
タネ明かしは、次の通りだ。
3 不可能な三角形の正体
不可能な三角形の正体は、ねじまげられデフォルメされた三角形である。この模型をある角度から見ると、2の写真のように見える。
オランダのMC.エッシャー社が、幾何学モデリングとコンピュータグラフィック技術を駆使して作成したモデルである。
同社は、エッシャーの作品も多数リアル模型にしている。
http://www.cs.technion.ac.il/~gershon/EscherForReal/

不可能な三角形の正体は、デフォルメされた三角形だった。
うーん、なんだか、奥が深ーい感じがする。


「デフォルメ」が編集技法として活用されると、アグレッシブで破壊力のある表現が生みだされる。

ストレプシアデス「まず第一に、お前さま何をしてござらっしゃるのか、お願いだ、わしに教えてくだされ。」
ソクラテス「これなん、空気(アエール)をふみ、思いを太陽のまわりに馳せているところだ。」
ストレプシアデス「するってえと、釣りかごの上から、神さまを尻目に、思案をねってござるというわけですかい。何しても、地上からでは、そうはいかないというんで。」(アリストパネス「雲」田中美知太郎訳)

 アリストパネスの手にかかると、ソクラテスもかたなしだ。
 ここでは、ソクラテスは、あろうことかソフィストの代表に祭り上げられ、地に足のつかない論述を繰りだすソフィストの特徴が、みごとにデフォルメされ、揶揄しつくされている。
ギリシア喜劇の真骨頂は、このデフォルメとパロディアであるといってもいい。
ときにデフォルメは真実よりも真実っぽい。
ほー、なにか奥が深そうですなあ。
続きは、また今度。


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