様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
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A■編定(縮めて伝える) 編定・要約・凝縮・翻訳・結合 I■境界(区切りを変える) 境界・場面
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C■順番(繋げて較べる) 順番・規則・交換・競合・比較・共鳴 K■諧謔(おおげさにする) 歪曲・不調・輪郭・諧謔
D■暗示(含みを持たせる) 暗示・相似・擬態・象徴 L■形態(構造を見つける) 構造・形態・生態
E■引用(盗んで補う) 比喩・推理・引用・例示・補償 M■劇化(物語で遊ぶ) 筋道・脚本・劇化・遊戯
F■注釈(付け加える) 注釈・付加・削除・拉致・保留・代行 N■綜合(みんなまとめる) 総合・創造
G■模擬(測って調べる) 模擬・測度・強調・変容 △■編集思考素

人と何かが絡んだ形のデザイン

そうは言いながらも、学校のほうも結構ちゃんとやってました。卒業制作の作品も売れました。土をこねた彫刻、チェロを弾く人物像なんですが、当時、7万円でお買い上げ頂きました。「値段をつけろ」というから、適当に7万円と言ったんですが、買ってくれたんです。

前後が逆ですが、それを元手に、仲間を集め、ジャズ喫茶を始めて、そこへ集まってきた人でアートフェスティバルをやった。親戚からもお金をかき集めたりしてね。客はいっぱい来るんだけど、仲間ばっかりでね(笑)、食えるわけないよね。こっちのほうが食えないやつに奢ってやったりするから、たちまち文無しになって、北海道に流れていくわけです。

北の文化に対する憧れみたいなものがあったんでしょうね。縄文文化の持っているあの造形、土の造形に始まって、北海道のアイヌ文化が持っている、自然のなかでできるお祭りだとか人々の暮らし、そういった北が持っている、土と自然と森とつながるようなもの、それが土から始まって、そういうのが結びついて、自然に引かれるような形で求めていったんだろうと思うんですね。

奇特な人が、風来坊の私が汚い格好で立っているものだから、「おい、どこまで行くんだ」「とにかく北だ」といって、行った場所で、飯も食べさせてもらったり、ちょっとお手伝いをしたりしながら、泊めてくれる人もいて、転々と気の向くままに行ったら、最終的には釧路まで行ったんですね。

絵が描けますから、看板屋の仕事だとか、いろんな手伝いをやって、北海道で半年ほど経ちました。だんだん冬が近づいてきましてね。釧路の夕焼けというのはすごいんです。釧路という町は、特に夕焼けがすごい。広い平原で、色が七色どころか、さまざまな色で変化するわけです、空全体が。赤からブルーになり、紫になり、黄色になり、刻々と変化していくわけ。だけど、だんだん寒くなるし、僕は半ズボンだし(笑)。これ以上は凍え死ぬ、というところになってようやく帰ってきました。

いずれにせよ、今になって、何となく接点が見えているのは、「人と何かが絡んだ形のデザイン」ですね。祭りもそうですし、屋台も人だし、ステージのパフォーマンスだとか。原点は、自分のムチャクチャな行動ではあるんですが、行き着いたところがバイクと人だったということなるのかもしれません。

表現したい若者たち

芸大に入学して下北沢で下宿してました。ここは新宿が近い。当時の新宿というのは、エネルギーにあふれた町だったですね。1968年頃のことでしょうか。そこで、上野の山に通いながらも、文化都市としての新宿に出会い、知的な人たちの街の中で僕はジャスに出会ったわけです。

当時、新宿にはたくさんのジャズ喫茶がありましたが、そこのひとつに仲間が集まりまして、ガヤガヤやっているうちに、だんだん学校に行かなくなりまして、仲間と遊んでいた。遊んでいるうちに、ジャズを中心にしたパフォーマンスをやろうということになって、なぜか僕が首謀者みたいになっちゃった。

ジャズを主体としたモダンダンスだとか、絵描きだとか、あの当時は、篠原有司男(うしお)とか、肉体をぶつけあってものづくりをしていく、身体表現をしていく、そういう、いわゆる体とエネルギーを爆発させるような、今で言うアクションペインティングのようなこともやってる人も多かったと思います。

そのうち新宿でアートフェスティバルをやろうということになりまして、新宿アートフェスティバルを2日間通して実施した。新宿文化という映画館があったんですが、映画上映終了後なら使ってもいいよ、ということで夜通しでやったんです。電車の始発まで。いろんなやつが集まった。、ジャズマン、アーティスト、絵描き、それから演劇、パントマイム……、とにかく集められるやつ、全部、ひっ集めてやったわけですよ。何ができるかわからないわけですね。舞台のところに梯子を組みまして、梯子の上に、人柱をつくりまして、そこを上がっていく。駆け上っていって、頂点に立つ。頭を割ると、そこに血が飛び散るという(笑)。野蛮人でしたね。山下洋輔さんを始めとする、後に有名になるジャズマンもみんな無料で参加してくれました。ま、一種のお祭りですね。お祈りのようなものを表現したのかもしれません。

日本人のなかにある非常に土俗的なエネルギーが、新宿の町にも存在していたということです。むしろ、都会であればあるほど、町のエネルギーと土俗的な宗教、祈りみたいなものが集まったような、そういう場があってもいいと思うんです。そこには、全く無名でありながら、何か表現したいという若者が集まってくるわけです。

マイナスの空洞にできる形との出会い

大学に入るときも「土」が気になっていて、結果的に彫金を専攻したんです。鋳物というのは、土をこねて、それで型をつくって、その型に土をかぶせて型を抜いて、それでその空洞に溶けた金属を流し込む。型を割って、それで削ってつくるという作業です。「形」は、土をこねることによってできてくる。原点はそこにあるんじゃないかと考えています。 型があって、その型にあわせてマイナスの空洞に物体ができあがる。この「マイナスのところ」に、えも言われぬ「形」ができていく。彫刻などはプラス面で「形」をつくってやるということになるんですが、鋳金というのは、抜いた空洞につくる型になるわけです。それを削ったり、タガネで削って、ヤスリでこすってつくる。そういう型というものの原型が金属と出会う。その中にはさまざまな型づくりの職人の技があるわけです。

そんなことをやっていた私が、なぜかオートバイのデザイナーになるんですが、オートバイというのは非常に面白い。まずエンジンがあって、これが鋳物でつくる型になっている。ギアがあって、回転がある。連動しながらシャフトが上下する。そしてシリンダーを動かして、できあがった空洞に火が入る。そうすると、それがストンストンと回るわけです。金属と空洞でできたところに、エネルギーが入って、そして回転しながらチェーンでギアを回して、そしてタイヤを動かして、走っていく。オートバイはライダーの体がむき出しになっていて、それがオートバイに抱きついて、しがみついている。そして、体を揺らしながら、バンクさせて走る。

土と人間とエネルギーのかたまりのエンジンが、人機一体となって、そして空間の中の、風の中をスピードをかけて上下させながら、そして遠心力をかけて、コーナーを回る。ブレーキをかけたら、ギュッと止まる。バーッと体が前へ持っていかれますよね。時には空間を飛んだりする。そのときには、人間とマシンが一体となって生まれる一つの喜びがある。これは面白い。

原点は自然―瀬戸内海、山、野良仕事、祭り、土

これから「形態」つまり「構造を見つける」というテーマでこのブログをスタートさせていくわけですが、まずは、デザイナーとしての私の原点がどこにあったか。そのあたりからお話ししていこうかと思います。

私のデザインは生物、あるいは「生き物」が原点にあるんです。自然が持っている形というもの、不思議さ、面白さ、というものが基本になってます。

私は韓国生まれです。親父が鉄道の測量技師だったので、いろんな地方の工事をやることになります。それでいろんなところに転勤するんですね。その転勤先の韓国の京城で生まれ、幼少をそこで過ごし、終戦とともに日本に、まあ、帰ってきたというわけです。

瀬戸内海を渡って帰って、四国の小さな港町がありまして、そこから1里つまり4キロくらい山に入ったところで育ったんです。そこで、田舎の自然に触れながら、爺さんや婆さんに、いろんな作業を教えてもらって育ちました。イヤだなと思いながらね
(笑)、小学校に入学して、釣りをしたり、木に登ったり、木の実を食べたり、自然の中で生活した。それから、村祭りなども楽しみでした。伊予漫才の子役で踊らされたりなんてこともありましたね。僕は、人気役者だったですよ(笑)。そんなことで、可愛がられて育ってきたわけです。

自然がベースにある野良仕事をやっていくことで自然に身に付けていくものって色々あるんですが、今考えると、そういったものが、行く行くはデザイナーになる自分にとってはずいぶん貴重だったような気がします。原点はそういう瀬戸内海、海、山、野良仕事、祭り、それとやはり「土」ですね。

【64編集技法コラム-48】 形態(構造を見つける)

 以上の12の編集を集約して、世界・事象・事物の構造が明らかになってきます。これらの構造を背後で作動させるシステムには多様なものがあり、生命システム・記憶システム・ネットワークシステムからビジネスシステム・危機管理システム・評価システムなどまで、多様なシステムが切り出され、そこに構造を維持するインフラストラクチャー(基盤)が編集されます。
 これらの多様な構造とシステムの共通性を取り出すフォーム(形態)が編集されると、フォーミュラー(規格)が定められ、規格された働きを組み合わせるフォーメーションが構成されます。
 さらにこれらのスタティック(静的)な構造編集を超えて、ダイナミック(動的)な生きた状態をそのまま把握する生態の編集やモードの編集に及びます。

(64編集技法解説: 編集学校師範 高橋秀元)

『形態(構造を見つける)』

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石山篤
 1938年生まれ。61年に東京芸術大学彫金科を卒業。北海道の放浪、新宿でのパフォー マンスアーティストを経て64年にGKデザイングループに参画。一貫してヤマハのバイ クのデザインを担当。現在GKダイナミックス取締役社長。2001年に織部賞を受賞。

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