【第一回】 自分をモノガタライズする
ご機嫌いかがでございましょうか。放送史研究家で演芸ラジオ番組ディレクターの川崎隆章です。
幸い、ラジオも落語も5歳の頃から聴いているものですから、多少の事は知っているつもりですが、世の中には「一夜にして全部を知り尽くす」ようなマニ
アが多いので安易には威張れません。できるだけ知ったかぶりをせずにお話をしてみたいと思います。
さて、今回は「落語」を入り口にして考えてみたいと思います。
第一回ですから、大抵なら自己紹介をするところでしょう。
ちなみに、落語では、特に新進の若手や、地方公演などに出向いた噺家さんは、高座にあがると(よほど自分の独演会や顔なじみの演芸会でない限り)自己
紹介をして「名前だけでも憶えていただければ幸いです」みたいな事を言う事が多いのですね。ところが、皆がこれを言うものですから、ここであたりまえの
自己紹介をしても、誰もいちいち憶えてなんかくれない。そこで、自己紹介をひとつの「ツカミ」にして、それを噺の「マクラ」に仕立てよう、と目論みます
(「マクラ」については別の回でおはなししましょう)。
まず、高座で自分の日常を報告する人が居ます(まるでブログ)。噺家に限らず、芸人さんは、破天荒な遊び方をする人も多く、エピソードには事欠きませ
ん(笑)。また、そういう遊び方をしない(と、自分では思っている)品のいい芸人さんの場合、品がいいかわり、その観察力は普通の二百倍くらいはありま
すから(まるで天体望遠鏡)、通りすがりの人のちょっとした仕草をつかまえて、笑いのネタにします(ゆえに、噺家さんとすれ違う時は要注意です)。ま
た、地方公演に出かけた後は、旅先の珍しい話、失敗談がいいマクラになります(こういうコトがあるので、噺家さんのブログには面白いものが多い)。
また、落語界には、その失敗談を延々続けて名物にしてしまった人が居ます。近年大人気で初CDをリリースした瀧川鯉昇(たきがわ・りしょう)師匠は、
新進時代、若き日の爆笑貧乏談と、お見合いの爆笑失敗経験談で高座の名物になりました。特にお見合いエピソードは80回を超える大記録の持ち主で、どん
どん新しいエピソードを高座にかけるのでお客さんも楽しみにしています(とんでもない客ですが)。エピソードの中には、相手から「お忘れかもしれません
が、ワタシ、あなたとは以前お見合いをしました」と言って断られたケースもあるほどで、涙すら誘われます。
もう一方の名物である爆笑貧乏談は、たとえばどんな雑草を食べたとか、銭湯に行くお金がないとどうなるか、といった自然科学的なレポートから、「体温
計がなかったので、家の寒暖計をはずして腋の下に挟もうとしたが板が邪魔でうまく挟めない。そこでうまくガラス棒の部分だけ抜き取って腋の下に挟むこと
に成功したが、いざ温度を見ようとすると、目盛りの板がないので何度だかわからなかった」といった「超実話」まで、幅広い領域の小咄が次から次へと出て
きます。もちろん、本編の巧さには定評のあるところですが、このマクラを聴くのが楽しみで寄席に通うファンもいた、と、ききます。鯉昇さんの「長屋の花
見」は一番のおすすめです。
さらに、自分の紹介のみならず、自分の出身地をまるごと紹介する観光大使のような噺家さんがいます。上方の爆笑派・桂文福師匠です。文福師匠は和歌山
県の山間地の出身ですが、自分の子供の頃の話にはじまり、噺家として入門して売り出すまでの話が20分近くも続きます。東京ではワカヤマとオカヤマの区
別がつかない人が居た、とか、和歌山方言では「ザ」が「ダ」という音になってしまうため、南海特急に乗ると車掌さんのアナウンスが「この列車はデンセキ
ダセキシテイノトッキュウ『サダン』です(全席座席指定の特急『サザン』です)」になってしまう、なんて話や、江戸の起源は紀州だ、というような自己紹
介やら何やらとりまぜたような世間話が30分近く語られ、いよいよ本題の落語に入ったら3分でオチ(笑)、というような事がありました。
全編33分のうちマクラが3分。本題は新作中心なのですが、バイオ技術を導入した農家の噺「バイバイバイオ」など、時間調整が自由な演題が多い。普通マ
クラの長さで口演時間を調整するんですが(笑)。東京では春風亭昇太師匠がこのタイプの高座を時折やることがあります。以前人気演目「愛犬チャッピー」
を5分で聴かされました。この時マクラは20分もあったんですが。
そして、自己紹介で徹底的に悪人ぶりを強調する古今亭壽輔さんのようなケースもあります。ちょっとピカレスク向きのお顔なんですが(早い話がワル顔)
ギンギンギラギラと金魚にラメを施したような着物を着て、陰気に登場する。口を開くやいなや「性格は陰気ですが、着物は陽気です」とか「いま、私が何も
していないのに、お客様はお笑いになった・・・・ということは、私をバカにしているというコトでしょうか」とか、観客に毒づいて悪党ぶりを際立たせる。
ところが、この猛毒を吐いた口で、いつのまにか人情噺が語られるという奇策。何度涙を絞りとられたことか。壽輔さんの「ラーメン屋」は絶品です。
「自己紹介用の定番のエピソード」を自分も持てたらなあ、と、よく思います。何か一つでいいから、初対面の人の心をグッとつかめる話題を一つ用意でき
たら、どんなにすばらしいことでしょう。それは子供の時の話でも、旅先のエピソードでもいいのです。何か予期せぬ事が起きて、自分がどう対応したか、と
いうような話を膨らませるのが一番手っ取り早いかもしれません。
キャラクターは少し誇張しても構いません。そもそも相手の知らない話ですから、少しくらい「面白くするための誇張」が入ったって、失礼にはならないで
しょう。
ここで一つ、さる構成作家から教わったコツを一つ。
もし、あなたにちょっと自己紹介のネタを考える時間があるなら、あなたが好きなものと出会ったとき、嫌いなものに出会ったときに、それぞれどう反応す
るか、それをまず考えてみてください。つまり、「起きる出来事」なんて、よほど特殊な立場の人でもない限り、降り掛かる内容には大差はなく、珍しくもな
んともないのですが、それに「どう反応し、どう対処したか」は千差万別です。自分が当たり前だと思っている行動や反応こそ「特殊でヘン」だったりしま
す。
それがみつかれば大成功。それを誇張していきましょう。「嫌いなものをみると逃げたくなる」人は「嫌いなものをみると逃げ出してしまう癖がある」へ、
「好きなものを見るとうっとりしてしまう」人は「好きなものを見ると無意識にすり寄ってしまう癖がある」へと誇張しましょう。もう、それだけで作り話の
土台は十分なのです。
本当の自分なんて、初対面ではわからないのです。わかりっこないのです。だから、すこし自分を拡張して、人に見てもらうべきなのです。そのためには
「自分にまつわる物語り」をすることが手っ取り早いのだそうです。
てなわけで、これから自分や世間をどう物語化、いや『モノガタライズ』するか、一緒に考えてゆきましょう。






