様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
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D■暗示(含みを持たせる) 暗示・相似・擬態・象徴 L■形態(構造を見つける) 構造・形態・生態
E■引用(盗んで補う) 比喩・推理・引用・例示・補償 M■劇化(物語で遊ぶ) 筋道・脚本・劇化・遊戯
F■注釈(付け加える) 注釈・付加・削除・拉致・保留・代行 N■綜合(みんなまとめる) 総合・創造
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Ⅵ ホンダとともに                      第9話.地獄に仏

すでに発表していた「ホンダH1300」セダンの発売日を、3ヶ月ほど延期することになった。メーカーとして信用を問われる大きな問題であり、営業的な機会損失も大きい。経営陣としては大変な決断であったと思う。
が、工場で立ち上がりのフォローをしているデザインの一担当者とすれば、まさに「地獄に仏」であった。正直言って、早く世に出したい気持ちと、完璧なものにして出したい気持ちが葛藤していたのも確かである。
DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング)エンジンの熱対策で、急遽、色味の変更を余儀なくされた塗色の詰めや、材料と製造方法を変えたグリルの熟成に時間を費やす。他にも、思いもよらない問題が次々と出てきていた。
中でも肝を冷やしたのは、「フル転舵、フルバンプ」と言って、ハンドルを一杯に切りクッションが目一杯沈んだ状態で、フロントのタイヤがフェンダーと干渉する問題で、最悪の場合、タイヤがバーストする危険が予想された。
タイヤにその原因があったのか、フェンダーにあったかはともかく、このタイヤはホンダの特注で、全くのオリジナルモデルとしてつくられていたため、この設計を変えたらテストは全部やり直しとなり、やむを得ずフェンダーの方で対処する以外ないとの判断になった。
そんな訳で、金型のマスターモデルからつくり直す時間など全くない。仕方なく、金型を直接改修することになった。こうした改修は金型寿命を著しく縮めるのでタブーとなっているが、この際そんなことは言っていられない。作業は鈴鹿工場の金型製作の現場で行われ、私も立ち合うことになった。金型の名人、Oさんの陣頭指揮のもと徹夜で進められる。
金型にけがき線を入れ、画張りを頼りにタイヤの当たらないホイールアーチ形状になるよう粘土を盛り付けた。そして石膏で雌型を取る。その後フロントフェンダーの雄型に直接肉盛り(鉄を溶接して盛り上げること)をした。一か八かであるが失敗は許されない。
金型が冷めるのを待って、ホイールアーチ形状を削り出す。「粘土で形をつくった奴に削らせるのが一番早い。お前やれ」と言われてヤスリを取る。石膏の雌型に合うよう仕上げてゆく。温厚なOさんの厳しい目、作業は明け方には完了、ここでも名人とご一緒できた。
大きなトラブルは、私にいろんな名人を引き合わせてくれた。Oさんとの出会いもまた、「地獄に仏」であったと言える。こうした出会いが知恵と勇気を与えてくれた。

Ⅵ ホンダとともに                      第8話.ガンメタ

ボディの溶接行程後の組立ラインで、テールランプをビルトインしたリヤガーニッシュ(トランク後面飾り板)が、ボディの座面に嵌まらないというので大騒ぎになり、原因究明作業が進められた。
3つのピースに分かれているリヤガーニッシュは、3つそれぞれに規定の公差範囲内で出来ているし、コンプリートした状態でも公差内だから、修正しなければならないのはボディコンプリート(完成車体)の方だった。
関係部所が集まる対策会議は、行き詰まったままである。私は会議室の一隅でずっと考えていた。3つのガーニッシュは、左右のテールライト部がS電機製、中央部は内作で、この3つの複合精度をつくり上げるのが私の役目である。
研究所でつくる試作車は、溶接治具を内側基準にしてボディをつくっていた。こうしてつくるボディは、公差の分だけ図面の寸法よりわずかに大きくなる。だから、研究所の試作ボディにリヤガーニッシュなど艤装品を取り付けると、ボディとの隙間が常に大きくなる傾向があった。
これに苦労させられた私は、ガーニッシュの仕上がり寸法を公差の上限に(つまり、わずかに大きめになる)とお願いしていたのである。が、工場での量産のボディが、研究所の試作ボディとは反対に、外側基準でつくられるとは夢にも思っていなかった。
しばらくして、「ウチでやりましょう」との発言で沈黙が破られた。中央部ガーニッシュ担当の合成樹脂課の名人Tさんである。Tさんが言うには「ボディを今、いたずらにいじるのは得策ではない。ボディは、パネル単体では寸法は公差内にある。このまま溶接(コンプリート)を習熟するべきだ」と。
この発言は、中央部ガーニッュをまず短く改修し、溶接が習熟したのち再修正で長くするというもの。金型の劣化を覚悟で修正の二度手間を買って出てくれたのだ。私は会議室の隅で、「こんな手もあったのか」と、名人Tさんに対し、心の中で両の手を合わせていた。
こんな時期、私にも一つだけ成果があった。今回苦戦したリヤガーニッシュをはじめ、エヤーアウトレットガーニッシュ(風邪抜き用飾り格子)などの樹脂部品の塗装色が、社内の若い技術者の間で評判になる。
この色は高級感や高精度感を出すために、鉄砲の銃身の色をイメージしてつくったもの。色名を「ガンメタルブラック」と名付けた。その後、市場でも大いに評判となり、他社もこぞって同様の色を使うようになる。「ガンメタ」は一般用語となった。

Ⅵ ホンダとともに                      第7話.あわせたてつけ

「ホンダH1300」セダンは、量産立ち上がり段階にあった。開発チームは、トランク後面のガーニッシュ(飾り板)の「あわせ」と「たてつけ」問題に直面していた。この車のリヤ廻りのデザインは、立体感を強調するために、車幅一杯の大型樹脂ガーニッシュの中にテールランプをビルトインした一体型デザインになっている。
そのガーニッシュは、左右のテールランプ部と中央の部分の3つのピースに分かれているが、これを一体にできているかのように見せることにより、この頃、上級車の潮流であった幅広感や高級感を出そうとしていた。が、ボディの溶接行程後の組立段階で、3つのピースをボディの座面に取り付けようとしても、座面の中にうまくおさまってくれない。
そこで3つのガーニッシュと、ボディ外板の取り付け座面の外寸を測ってみた。コンプリートされたガーニッシュの方は、多少大きめではあるが、こちらは規定の公差内におさまっている。が、ボディ側の座面の方は、図面の指定寸法より10mmほど小さくでき上がっていた。
どんな部品でも、図面の寸法通り正確につくることは出来ない。わずかの誤差は必ず生じてしまう。だから「公差」をあらかじめ決めておき、指定の寸法に対して多少の誤差があっても、この範囲内であれば「よし」としている。量産でのボディ溶接治具は外側基準(試作は内側基準)になっているのはそのためなのだ。
「ルーフ」や「フェンダー」を治具に合わせて溶接してゆくと、外側が押さえられているので、それぞれの誤差はボディの内側に向かって蓄積されてゆく。最初のうちは、ボディの各部分、特に開口部分などは、図面よりも少し小さくなりがちである。だから、組立て行程が順調に流れるようになるまでには何回かの修正が必要であり、「ボディ精度を安定させるためには手間がかかる」と言うのが、この頃の共通の認識だった。
関係部所が集まり対策会議が始まる。状況から言って、原因は明らかにボディ側にあったが、何しろ大きなものだし部品の点数も多く、これらの修正には大変な手間と時間がかかる。ガーニッシュ側を修正する方が多少は楽とも言えたが、一時しのぎの対策となり、ボディや溶接精度が上がればまたやり直しとなってしまう。
「あわせたてつけ」と簡単に言うが、たくさんの部品にはその分だけつくった人がいて考え方もある。これらをうまく関係付け最善の方向に束ねていくことが解決の糸口となった。

Ⅵ ホンダとともに                      第6話.運転手

深夜、工場の片隅でみんなして頭を抱える中、化成課の名人と言われる主任技師Rさんの発案で、まず巣孔だらけのグリルモールに耐熱パテを塗り、仕上げをした上で焼き付け塗装をする方法を採ることになった。
これで形状は保証される。物が揃ったというのでひとまず胸を間で下ろす。しかし、まだ表面のメッキ処理をどうするかの問題が残っていた。みんなの意見は「試乗会にくる人は初めて見るのだから、シルバーの塗装でもよいではないか」という方向にあった。
私はデザイナーとして、「だからこそ、ちゃんとした物を見てもらいたい」と反論。が、「手だても時間もないではないか」と詰め寄られた。神さまにすがるような気持ちで、モデル用に考案した「木型メッキ」が使えないかと、研究所の材料研究室に問い合わせてみる。
「すぐ、耐熱テストをしてみよう」と言ってくれた。一刻千秋の思いで結果を待つ。しかし、テスト結果は無残にもNG、またもや「万事休す」である。この間も、試乗車はラインを流れ組み立てられていた。
ここ二、三日は不眠不休。ぼんやりと、流れてくる車の正面を眺めていたとき、突然はたっと閃きが。すぐに、取引先のS電機に電話を。私の提案を伝えたら「出来るかも」と言ってくれた。
早速、焼き付け塗装を終えたグリルモールを一台分用意してもらい、新幹線に飛び乗る。小田原で降りて小田急に乗り換え、秦野にあるS電機の工場に着いた時はすっかり夜も更けていた。有難いことに、担当の課長と職人さんだけが残っていてくれた。
誰もいない工場の中の真空蒸着機がお目当て。ヘッドランプの反射板を作るための装置である。その中にグリルモールを入れ待つこと数時間、長かった。間もなく夜が明けようとするころ装置から取り出す。表面はまばゆく輝いている。成功だった。
すぐに鈴鹿へ持って行こうとしたが、新幹線の始発には随分と時間がある。「車で行きましょう」と課長。そして自らハンドルを握り、グリルモールと私を乗せて鈴鹿の工場まで運んでくれる。発表試乗会には、間一髪で間に合った。
この話には事後談がある。30年くらい経って、私が本田技研の役員としてメーカーさんとの懇談会に出席した際、たまたま、S電機のS社長さんとテーブルが一緒になった。
話が弾んで、その当時の苦心談と、九死に一生を得た思い出話を申し上げたところ、なんと、「その時の運転手は、私ですよ」とS社長。思わず、二人で手を握り合った。

Ⅵ ホンダとともに                      第5話.万事休す

材料研究室のHさんから、「大至急来てくれ」と悲痛な電話。跳んでいくと、そこには「ホンダH1300」のテスト車が置いてあった。「これを見てくれ」と言う。よく分からいので「何ですか」と聞くと、「もっと、よく見てくれ」とボンネットを指して言う。よくよく見ると、グリーンメタリックのボンネットの中央部が少し黄ばんでいる。
「エンジンの温度が計画値より高いので、あんたの思っているような鮮やかな色では熱で変色してしまう。予め少し彩度を落として色相を黄色の方に振るしかない」と言われた。色づくりでは、これまで何度か失敗している。今度こそはと思っていたが、「分かりました」と引き受けた。量産立ち上がりまで時間がないのは承知している。
私は、「ラジエーターグリルの方は大丈夫ですか」と恐る恐る聞いてみた。樹脂でつくられているからだ。「テスト中だからなんとも言えないが、難しいかも知れない」と心配そうに。予感が的中。それから間もなく、樹脂では無理だとのテスト結果が出た。急遽ラジエーターグリルは、樹脂製からダイキャスト製に変更することになる。当然、樹脂の金型は使えない。
この頃すでに、鈴鹿工場では発表会用の車をつくり始めていた。正式の量産用のダイキャスト型とは別に、暫定の型を併行手配することに決まった。
「77(77馬力仕様)」タイプは、周囲のグリルモールと中の格子が別体になっている。そのため格子のみの対応でなんとかなりそうだったが、「99(99馬力仕様)」タイプは、グリルモールとヘッドランプリムが一体で出来ていて、しかも、モールやリムの表面はメッキ処理になっていた。
暫定とは言え、発表試乗会までに、量産並の出来と試乗に耐えられるものにつくり上げるのは容易ではない。夏の暑い最中、大阪のメーカーに立ち会いに行き、徹夜で鋳込んだものを明け方になって取り出し、出来の良いものを選定。朝一番で鈴鹿工場に持ってゆく。
鋳肌を削り、プレスで打ったフロントマスクに現合(現物合わせ)するまでは何とか漕ぎつけた。しかし、グリル担当のメーカーは細心の注意を払ってつくったのだが、心配していた巣孔が出てしまった。手の打ちようがない。「万事休す」である。
発表会にグリルなしの車を出すわけには行かない。時間もなければ方法も見当たらない。交代制で出勤している担当の研究所員と、工場の技師や課長など管理職数名で頭を抱える。夜中の12時はとっくに過ぎていた。

『教育は共育なり』

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岩倉信弥(多摩美術大学教授・理事)
多摩美術大学教授・理事。東京理科大学客員教授。経営学博士。 多摩美術大学卒業後、1964年本田技研工業に入社。本田宗一郎より 薫陶を受け、ホンダのデザインの担い手となる。本田技術研究所専 務取締役、本田技研工業常務取締役(四輪事業本部商品担当)など を歴任。全国発明表彰通産大臣賞、イタリアピアモンテデザイン大賞、 グッドデザイン大賞など多数受賞。2001年より多摩美術大学教授、 2006年同大学理事に就任、現在に至る。著書に『ホンダのデザイン 戦略経営』、『本田宗一郎に一番叱られた男の本田語録』等。

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