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Ⅵ ホンダとともに                      第29話.爽快な走り

本格スポーツカーの開発が順調に進み、目標とする性能(250馬力)も、ほぼ達成できる見通しがついてきた。そんな頃、本田技研社長の新春記者発表のための原稿づくりに手を貸せと、正月休みというのに、都内のホテルに呼びだされた。
ここのところ、ホンダの人気はパッとしない。「らしくない」とか「大企業病」とか言われ始めている。アコードをはじめとする乗用車路線に力を入れてきた結果であろう。そこで社長のスピーチでは、そうしたイメージを一日も早く払拭しようと、ホンダの技術の向かってゆくところを、強く主張していくことになったようだ。
先のことを述べるに当たって、現在ホンダが他に先進し独自性を持っている技術はと言えば、何と言っても「V-TECエンジン」である。議論を重ねて、大筋は「V-TEC技術」を中心に据えた商品展開ということとし、「これからの環境・エネルギー時代に「爽快な走り」を提供するため、「全車V-TEC化」「を主張していく」とのことに基本方針を固めた。
「爽快」については、考えに考え抜いた言葉であったが、案の定、周りからはパンチがないとか、インターナショナルな言葉ではないとの意見がでる。それでもこの時には、「V-TECフィーリング」を表現するのに、これ以上相応しい言葉が見つけられなかった。
ここまでは議論も順調だったが、具体的な話になって、「それにしても、ホンダの走りの象徴とも言うべきスポーツカーに、V-TECがないのはいかがなものか」と言うことになる。
NSXに何としてもV-TECをと、正月開け早々から突貫作業に突入した。チームには、「やった」という喜びと、「本当に出来るのか」という不安が一気に訪れたが、誰もが、これでやっと「魂」が入ったと思ったものである。
V-TEC化は、エンジン性能の向上(250馬力から280馬力へ30馬力アップ)に繋がり、変更は、当然ディメンションやデザインにも大きく及んだが、誰ひとり文句も言わず、むしろこれ幸いと、これまでやり切れずにいたものをどんどん取り入れていった。
デザインでは、特徴であるテールフィンとリアコンビネーションランプの一体デザインなど、この時に生まれた。そしてこの頃、栃木の高根沢新工場には社内公募で手作り名人が集結し、「匠の技」にさらに磨きがかけられていた。アルミ溶接ラインやアルミボディ専用塗装ラインなど、目新しいラインができ上がろうとしている。

Ⅵ ホンダとともに                      第28話.「一念、岩をも通す」

ホンダがつくる本格スポーツカーとなると、この車は好むと好まざるに関わらず、「ホンダの走りを象徴する」ことになる。それを形につくり上げるのだと思うと、身震いがした。裏磐梯のホテルでの企画検討会議は、すでに1週間を経過。
「何」をこの車の「アイデンティティ」とするか、それをどのように具現化するかという議論の中から、「我々は、フェラーリやポルシェのようなスポーツカーメーカーではない。が、F1の覇者であるという自覚をもち事に当たろう」との意志統一ができた。
その覚悟をもとにさらに議論を進め、この車のコンセプトを、「乗用車の快適性と安全性を備えた、世界最速のスポーツカー」と定義づける。いつものことながら、今回はことさら、「志は高く」を誓い合った。
が、手中にある最強エンジンは、レジェンドのV6・165馬力唯1つ。果たしてこのエンジンで、考えているような車が出来るだろうか。運動性能の担当者によると、レジェンドの半分くらいの重量でないと期待する性能が得られないという。またまた行き詰まってしまった。
何日か悶々としている時、チームメンバーの一人である材料研究の担当者が、大型バイクのアルミフレームの写真を持って現れる。「軽くするにはこれしかない」と言う。みんなが目を剥いた。そんな車は世界中捜してもない。
さらにそこへ、長い間小さいエンジンをリアフロアの下に置くコミューターを研究している担当者から、「二人乗りのミッドシップにしたら」、との提案が。「大きいエンジンでもやれるの?」と、半信半疑で誰かが聞いたが、「2人のりのF1だよ」の言葉に納得。これが前へ進むきっかけとなった。
エンジンも、5割増しの「250馬力」にと高い目標を立てる。こうして、初代レジェンドのV6エンジンを使った「ミッドシップエンジンレイアウト・アルミエンジン・アルミボディの超軽量・2シータースポーツカー」の構想がまとまる。
いくらのコストで出来るのか、また売れるのか見当もつかなかった。が、これ以外ないというほど議論を尽くした。決め手は「ホンダらしさ」、すなわち「アイデンティティ」。こうして企画は乗せ上がった。
この後の技術的展開は、私の役目でないので省略する。が、アルミボディとミッドシップ・エンジンレイアウトという未知への取り組みは、その後、オールホンダを巻き込む大仕事となったことだけは言っておこう。「一念、岩をも通す」の喩えである。

Ⅵ ホンダとともに                      第27話.本格スポーツカー

久しぶりに、本田さんが研究所に見えた。最新のモデルをご覧になりたいとのこと、私はその役目を仰せつかる。デザイン室では、本格スポーツカーのクレーモデルの制作が進められていた。
本田さんは若い頃、手作りのカーチス号で自らハンドルを握ってレースに臨まれ、S600 世に送り出し、世界の舞台でF1レースを戦ってきた方。80歳を過ぎたとは言え、本格スポーツカーに興味がない筈はない。そんな気持ち抱きながら、モデルの案内役をつとめた。
そもそも、この本格スポーツカーの実現は、私のみならず開発部隊にとってS600以来の夢であり、所員誰もが、自分の手でと願っているところ。また企業イメージから見ても、いつかは当然と、周りからも期待されていた。
そんな中、アメリカからの要望でアキュラチャンネルの象徴にと、「スポーツカー」の話がもち上がったのである。この頃、N 社のフェアレディZ280がアメリカの市場で根強い人気を維持していた。そんなこともあり、「V6、2プラス2、タルガトップ(オープン)、3万ドル以下」が営業の要望として出される。
「速く走る」のは、ホンダとして当たり前と言ったところ。この頃アメリカで、レジェンドの売価が2万8千ドルくらいであったところからみて、3万ドルを切るスポーツカーをつくるのは容易でない。そこで当初、レジェンド・クーペをベースにして検討を始めたが、「高い、走らない、格好悪い」で、イメージを落とすからと早々にボツとなってしまう。
その後、高回転、高出力の4気筒エンジンという話も出たが、ヨーロッパならともかくアメリカでは、とアメホンはあくまでもV6に拘った。困ったのは研究所である。F1の覇者がつくる「V6エンジンのスポーツカー」、それも営業の要望する価格で売れるものとなると、およそつくれそうにない。
果たして、ブレークスルーする手立てはあるのだろうか。何はともあれ、まずはスポーツカーとは何なのかを知ることが先決と、チーム全員で、裏磐梯にあるヨーロッパ風の瀟洒なホテルに集まり、世界の名車と言われるスポーツカーを体で感じてみることになった。
さすがに、フェラーリ、ポルシェ、コルベットは伊・独・米が誇るスポーツカーで、それぞれに個性的な「スタイルと走り感」を備えている。乗っては議論し、議論しては走り、これが毎日続いた。そして、だんだんと、自分たちがつくろうとしている車の大変さに気づき始めた。

Ⅵ ホンダとともに                      第26話.明快さと独創性

栃木研究所の幹部を前に、「世の中が大きく変わろうとしているのに、今の研究所は100年1日の如し、である。お客さんに喜んでもらうには、もっとお客さんを知ることだ」と、本田技研社長が手厳しく。
世の中、右肩上がりの経済発展にも行き詰まり感があった。世評ではホンダのことを、T社みたいになってきたとか面白くなくなってきたと。また、栃木に集約した4輪開発部隊が肥大化し、得意の小廻りが効かなくなったのではとの懸念も。
実にタイミング良く、我々が一番気にしているところをグサッとやられた感じ。話の最後に、「お客さんに、新しい発見と夢とドラマを感じてもらえる商品をつくってくれ」と言って帰られた。
その後一ヶ月くらい、主要メンバーが都内のホテルに缶詰になって議論。方向の見えたところで中間報告会をもち、「この課題は、研究所が率先するは当然として、本田技研全体で取り組めばより効果が上がるはず」と申し上げた。結果、経営会議に答申することに。以下、その要旨である。
ホンダの4輪は、ふた昔前はマイナーリーグであった。今は200万台、立派にメジャーリーグ(5位)入りしている。特に北米では、「真面目でまとも」が認められ信用信頼を築いてきた。が、日本では「面白くない、意外性がない、ラインナップは上から下まで皆同じ」と揶揄されている。
これからは250万台に向けて、価値観が多様化する中、幅広い客層に対して「ちゃんとしている」だけでは駄目で、「楽しさ、面白さ」の幅を広げることが肝要。
将来はワールドチャンピョンシップ(リーディングカンパニー)を目指し、それに向けて、GM、トヨタを超えた体質をつくって行きたい。さしずめ、「トヨタ以上の信頼感」に「ホンダのアイデンティティ」がプラスされれば鬼に金棒というところか。
そのためには「新しい発見、夢、ドラマ」をお客さんに感じてもらえる企業たることが必須。そのことはとりもなおさず、「物」を売るのではなく「物事」を売ってゆく「情報価値創造企業」になることで、そのためには「明快さと独創性」こそが、ホンダの最も誇れる特色であるとの主張が重要となってくる。
お客さんと企業を繋ぐのは「商品」であり、ホンダにとって、その「命」とするところは「ドキドキ・ワクワク」である。また、今のお客さんは生活に「ジョイ(楽しさ、面白さ)」を求めているから、企業は「エンターテイメント」を心がけることが大切である、と進言した。

Ⅵ ホンダとともに                      第25話.「最後発」

ホンダがS600で自動車への参入を果たしたのは、東京オリンピック開催の1964年。私が入社した年でもある。日本のモータリゼーションは、まさに花開こうとしていた。
この時期一世を風靡した車は、アメリカのフォードムスタング、ドイツのポルシェ911、イギリスのジャガーEタイプ、イタリアのフェラーリ250GTOなど、それぞれのお国柄を背景に個性的で百花繚乱の趣があった。
その後、アメリカの車は大排気量の「モンスターカー時代」を迎えたが、やがて訪れるエネルギー危機や排出ガス規制対応等により、その姿、立場を変えざるを得なくなる。
こうした華やかな車の陰で、大衆の足として、実用性の高い車がヨーロッパの各国で生まれ、70年代初頭のフロントエンジン・フロント・ドライブのスモールカーが台頭。
そして、突然の「オイルショック」は、この高効率を追及したコンセプトの優秀さを世界中に認めさせることになり、あのフォルクスワーゲン・ビートルでさえも大変身せざるを得なかった。アメリカの各メーカーも、長年つくり慣れた大型車を一斉にサイズダウンし、暫時、FFレイアウトに切り替えていった。
1973年、79年の二度にわたる石油危機は、自動車にさらに高い効率を求め、より軽量コンパクトという方向にと技術競争を加速させ、いわゆる「小型車戦争」を引き起こすに至る。
そうした中、最新設備やエレクトロニクス技術に優位性をもつ日本車が、世界市場で大きく躍進することとなった。その結果、各国からの厳しい輸入制限や急激な円高誘導を招き、さらに日本車の均質化や没個性化も重なって、日本車の国際競争力が急激に低下して行ったのである。
このように、大急ぎで、自動車が生まれてからの100年を振り返ってみた。使い手とつくり手の欲が車を大きく進化させ、同時にそれが度を越した時、必ずと言っていいほど大きな変化を余儀なくされてきた、という経緯が読みとれる。
「それで何が分かったんだ」と言われそうだが、生々流転、因果応報の100年であったことは確かだ。そして、1つだけ自信をもって言えることは、歴史を飾ってきた名車と呼ばれる車たちは、どれをとっても颯爽として格好が良いということである。
ともあれ、この90年代半ば、車社会は、大変なターニングポイントに立っているんだとの自覚はできた。私は商品担当役員として、21世紀に向けてのホンダ四輪商品の将来のあり方を考える立場に立たされていた。

『教育は共育なり』

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岩倉信弥(多摩美術大学教授・理事)
多摩美術大学教授・理事。東京理科大学客員教授。経営学博士。 多摩美術大学卒業後、1964年本田技研工業に入社。本田宗一郎より 薫陶を受け、ホンダのデザインの担い手となる。本田技術研究所専 務取締役、本田技研工業常務取締役(四輪事業本部商品担当)など を歴任。全国発明表彰通産大臣賞、イタリアピアモンテデザイン大賞、 グッドデザイン大賞など多数受賞。2001年より多摩美術大学教授、 2006年同大学理事に就任、現在に至る。著書に『ホンダのデザイン 戦略経営』、『本田宗一郎に一番叱られた男の本田語録』等。

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