Ⅰ 企業から教育の場へ-3.定年前に・・・
話は少し前後するが、定年直前の状況を振り返ってみたい。
そもそも定年後は、待望の山小屋暮らしやゴルフ三昧で、しばらくはのんびり、と考えていた。また先祖の墓がまだ紀州にあり、長男でもあるし、なんとか自分の入る墓を東京につくろうとも思っていた。
そして少し落ち着いたら、「四国八十八カ所の歩きお遍路」に行って、これまで塗り重ねてきたキャンバスを一度真っ白にしてみるのも良いかと、送別会などで聞かれる度にそう答えてきた。
そこへ、長年公私にわたりお世話になった清水 博先生(東大名誉教授、「場」の研究所)から手紙をいただき、その中に「これからの3年間の過ごし方で、貴方のこれからの人生が決まる」という一行があった。心に痛く突き刺さった。一つぐらい何か習い事をと思い立ち、英会話を一から勉強しようとすぐさま長年憧れていた御茶ノ水のアテネフランセに申し込んだ
またそんな頃読んだ本に、森村誠一氏の「老いのエチュード」がある。そこには「定年後は、一つでもいいから何か新しいことを始めるべき」というくだりがあった。
この新しい「何か」を探していたとき偶然、松岡正剛氏から、氏が率いる編集工学研究所で新しい試みの編集学校を開設するので、一緒に楽しまないかという話が舞い込む。私はすぐさまその誘いに飛びついた。「セレンディピティ」のごとくにである。
先生しますか?生徒やりますか?の問いに、当然生徒だと即断。すでに現在2500人以上の卒業生を輩出したと聞くが、学籍番号00-0001は私の自慢とするところだ。
こうして定年を迎えるときには、どれも手放さないで、同時進行の三つ巴四つ巴の新しい人生が始まったのである。






