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2006年04月26日

Ⅱ 教育の現場から-8.未来に想う

学科や科の名前に自信が持てるようになって、いよいよ取り組むべき課題は、「科」そのもののあり方を明確にすることであった。
すなわち企業でいうところの「理念」や「目的」を明確にし、「ヴィジョン」や「目標」を定めることである。
その上で、これらを科内のみんなで共有し、「実施要領」をつくり、それを具体化してゆくための分かり易い文言を見つければならない。
そこで、これもみんなで議論をし、科の理念を当大学の「自由と意力」をもとに「独創と先進」と定めた。
また目的および10年先のヴィジョンについても、ここでは書くことを憚るが明確に表明することができた。
そして当面の目標を、「世界に通用する自立したプロダクトデザイナーづくり」とし、同時に目標要件を、激減傾向にある「倍率、あるいは受験者数を、5年間で倍増する」としたのである。それには何としても、科の「ブランドを高める」ことが急務との共通認識を得た。
想いが高すぎて、目標設定がいささか飛び跳ねすぎの感はなくもないが、「心一つ」で事に当たれば、何とかなるだろうというのがみんなの気持であった。 
5年間とは、1年間の立案期間と、その内容を知って入学した学生が卒業するまでの期間である。プラン(P)、ドゥー(D)チェック(C)の最低期間と考えた。本田宗一郎言うところの「目標は高く、評価は厳しく」である。
この頃になると、先生方も積極的に意見を出されるようになり、嬉しいことに侃々諤々、前向きな意見が活発に飛び出すようになっていた。
行動規範を「明るく、楽しく、前向きに、」とした。小学生の標語のようだとみんなで笑った。いよいよ旗揚げである。

2006年04月18日

Ⅱ 教育の現場から-7.名は体を表わす

肝心要の「プロダクトデザイン」の定義について、先生たちの中でも意見がバラバラ。ましてや学生たちにとって、何をこの科に学びに来ているのかを、親御さんに説明もできない状態であった。
そこでこの定義についても、科としての統一したものをつくろうということになり、とことん議論を尽くし次のように定めた。
『プロダクトデザインとは、空を飛ぶものから身の回りのものまで、人々の生活をこころ豊かにするために必要な、すべての「モノ」や「こと」がもつ機能を「かたち」にする行為、およびその結果をいう』
 そしていよいよ、このような「名にふさわしい体」にするにはどうすればよいかという議論に入った。
 「プロダクト」とは、言うまでもなく「製品」や「商品」のことである。ここで、「デザイン」についても少し触れておきたい。
今や、「デザイン」という言葉は日常語となり、それだけ意味にも幅があり奥行きがある。辞書を引くと、大きく2つの意味がみられる。
一つは、外観や実用面を考慮した造形物の意匠、および図案や装飾。もう一つは、目的を達成するための企画、計画、および設計である。
最近では「未来をデザインする」のように、後者の意味で使われることが増えてきた。辞書によっては「謀(はかりごと)」とも書いてある。これはビジネスでいう「戦略」や「戦術」に近い。
明治の初め、「Design」という言葉が日本に入ってきたとき、その和訳を中国の古典から引いて「意匠」を当てたとある。意は「心」であり、匠は「技」のこと。「心技一如」「心をこめて技を使う」ともとれる。
ところが明治の中盤、「意匠」は模倣防止の意匠条例下で模様や図案という意味合いが強くなり、今大戦前まではその意識が根強く残った。戦後そうしたイメージを払拭するため、「デザイン」という片仮名表現が使われるようになる。それでも私が入学した1960年、まだ「図案科」と呼ばれていた。
ちなみに中国では現在、デザインを「設計」としているのも興味深い。

2006年04月12日

Ⅱ 教育の現場から-6.逆境の中で

プロダクトデザイン、インテリアトデザイン、クラフトトデザインの3つのコースが一体となって成る40年余り続いた「立体デザイン科」は、数年前の改組で解体されたと聞く。  
インテリアは建築学科と合体し環境デザイン学科となり、クラフトはガラスや陶芸と組んで工芸学科に。そして新たに、コンピュータを使う先端デザインを受けもつ情報デザイン学科が生まれたそうだ。
結果、伝統のプロダクトデザインは、性格を異にするテキスタイルデザインと組んで「生産デザイン学科」となったという。
早い話が、みんなが分家して出て行って、本家(…と勝手に思っている)の方は、狭いところに押し込まれ周りからも蓋をされ、これまで関係の薄かったところとの2人三脚で、身動きのとれない閉塞状態にあった。当然モラルも下がっていた。
プロダクトデザインは本来、人々の生活を心豊かにするために、多元的、多様的(ダイバーシティ)なものを繋げる協働的役割(シナジー)であるはず。幅広いものの考え方ができる人間に育たなければならないのに…
私はそんなところを任されたことになる。いや、知らずに引き受けた方がバカだと言われればそれまでだが、後悔先に立たずとはこのことであった。
それはさておき手始めに、新しく生まれた、耳慣れない「生産デザイン学科」という「名称」について、みんなでレビューしてみようということになった。 
最初のうちは、以前の「立体デザイン科」に戻したいという声が強かった。が、生産デザイン学科の「生産=Production」とは何かという議論を進めるうちにやがて、「生産」とは人間が自然に働きかけ、人にとって有用な財(モノ)・サービス(こと)を作り出す人の「行為」、およびその「結果」を指すものだということを知るに至った。
そう考えると、「生産」は「創出」の意味合いが強く、人々の「こころ(意)」から発する働きであり21世紀にふさわしい名称である、との科内全員の意思統一がだんだんとできあがってきた。

2006年04月05日

Ⅱ 教育の現場から-5.現状認識と危機意識

最初にぶつかったのが科内の空気。ほとんどの人が自分の意見を積極的に言おうとしない。ひと言で言って暗かった。
大学の理念、いわゆる校風を改めて調べてみると「自由と意力」とある。私が30数年過ごしたホンダの企業風土と極めて近い。これに勇気を得て、明るく楽しく前向きにやれば道は拓ける、との確信を得た。
もう一つ、科内の認識が甘かった。ここ数年来の受験者数や倍率の激減が、少子化や不況のせいであったり、他科や他大学に比べればとか、われわれは一生懸命にやっているとの自己満足に陥っていたりで、現状認識や危機意識が、企業からきた人間から見てかなり不足しているように感じられた。
「現象を注視し、その原因を探り、原理を見出す」というプロセスがない。
まず始めたのは、自由にものを言い合える雰囲気をつくることであった。常勤の先生同志、常勤と非常勤、先生と学生、学生同志、もちろん先輩と後輩、現役と卒業生などなどである。出来ることから始めようと、会議や話し合いの場を増やし先生方の生の声を聞いた。大いに酒も呑んだ。こんなことは今までになかったことだとも言われた。
具体的には、「講評会」をワンウエイ方式からラウンドテーブル方式に改め、他の学年、他のクラスの学生が参加できるように工夫する。また「教授室」は大部屋方式をとり、研究室とも合体し、先生同志、先生と学生が常にワイワイ・ガヤガヤ自由闊達に議論できるようにもした。
そして私自身も、学生たちのコンパやパーティに積極的に参加するように心がけた。宴会は慣れっこだったが、若い連中の食べるもの飲むものには、わが胃袋はたまげていたことと思う。


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