様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
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F■注釈(付け加える) 注釈・付加・削除・拉致・保留・代行 N■綜合(みんなまとめる) 総合・創造
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2007年04月25日

Ⅲ かたちはこころ-本田宗一郎がくれた千字薬-第16話.「すぐやんなさい」

本田さんは見える度に、「どうなった、どうなった」と。いろいろと説明しているうちに、「説明はいい、物が先だ」となった。現物を見せないことには、どうにも治まらない様子。前述の「モヒカンモール」の両端を、如何にしてボディに固定するか、みんなで悩んでいるところだった。
どんな代物か、本田さんに説明した内容はこうである。ルーフとサイドパネルをスポット溶接で結合した台形断面の溝に、断面が「松茸(まつたけ)」型をしたゴムモールの「柄(え)」の部分をはめ込み打痕を隠す。「笠」部の上面中央にブチルモールを埋め込むというアイデア。ゴムモールは引き抜き成形のため両端は切りっぱなし。この端部をどう処理するかが課題であった。
そこで考えたのが、止め金を埋め込んだ「スリッパ」型の成形ゴムを、ゴムモールの両端に溶着するという方法。モール全体をルーフの溝に埋め込み、スリッパ部をビスで止め、その上にブチルモールを差し込めばでき上がり。とまあ、この様なことをぐたぐたと説明したものだから、「すぐやんなさい」になってしまった訳だ。
急いで設計の担当者に頼み、構想を簡単な図面にしてもらった。メーカーは小回りの訊く豊橋のゴム屋さん。今なら、ファックスやメールで予め図面を送るところだが、当時はそうもならず電話でイメージと寸法を伝え、型取りを始めてもらう。その上で、モデルの石膏の雌型と図面をもって新幹線に飛び乗った。
ゴム屋さんの金型工場に着いたのは夕方。職人さんと技術担当の役員が迎えてくれる。説明もそこそこに、石膏型から雄型を取ることから始めた。併行して埋め込む止め金を手作りで。それにポンチ絵(寸法入りの簡単な説明図)をもとに、金型の中子づくりが手際よく進む。
自ら作業しながら、「まだ腕は鈍っていないようだ」と役員。夜中の12時頃にはゴムを溶かし型に流し込める状態になっていた。何回か試し打ちをしながら雌型の表面を仕上げていく。10個くらい良いのを選んで、仮眠のため近くの旅館に。途中ご馳走になった夜泣きそばの味は格別だった。
朝一番の新幹線で研究所へ戻る。ゴムモールの両端に持ち帰った成形ゴムを接着し、ブチルモールを埋め込みモデルに組み込んだ。本田さんはそれを見るなり、「おっ、出来たか。こりゃあいいのが出来たな。これでベンツに勝てる」と、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。昨日の恐い本田さんとは、全く別人に見えた。

2007年04月20日

Ⅲ かたちはこころ-本田宗一郎がくれた千字薬-第15話.「大発明のわけ」

「これをやったのは、誰だ!」と、本田さんが怒っているという。鈴鹿工場に新設された「ホンダH300セダン」の溶接ラインの前。塗装前の車体が溶接の仕上げ工程で止まっているらしい。そこでは、本来はロウ付けで埋める溶接のつなぎ目を、溶接精度が出ないためハンダ仕上げで対応していた。
立ち会っていたラインの責任者が、「溶接の精度が上がれば大丈夫です」と答えたが、「そんな問題じゃないんだ」と怒鳴られてしまったという。「すぐ担当者を呼べ」という話が研究所に伝わり、「おまえ行ってこい」ということに。取るものもとりあえず新幹線に飛び乗った。
溶接ラインの仕上げ工程の前で本田さんが立っていた。私を見るなり、「君は人を殺す気か」と。人殺しとは穏やかでない。突然のことでびっくりしたが、よく聞くと、「ハンダ」は鉛と錫の合金で鉛の粉塵は身体に悪い。長く吸っていると人の命に関わる、ということだった。
研究所では、ホンダH1300クーペのクレーモデルが進んでいた。これを見た本田さんは、「これはどうするんだ」と。設計からはセダンと同じやり方でと聞いていた。が、そんなことを言える雰囲気ではない。「これからです」と答えてその場を凌いだ。
ところが、見える度に「どうした」「どうする」と聞かれて、デザイン室は悲鳴をあげた。この拘りの凄さに出会って、やっと、「そんな問題じゃないんだ」の本当の意味が解ってきた。「均質なものを安定して量産する」「安全なくして生産なし」との、製造業の基本を教えられた。
幾つかの案の中から選ばれたのが、ルーフの両サイドに2本、スポット溶接をする溝を前から後ろまで通し、その部分をゴムモールで隠す「モヒカン方式」。「モヒカン」とはアメリカインディアンの部族の名前、男子のヘアースタイルが、ルーフの両サイドに2本入ったゴムモールによく似ているので名づけられた。
それにしても、「人の命」という哲学的な言葉が生んだ大発明である。開発は進んでいたが、急遽この方式を採用することになった。設計担当と私で、特許、実用新案、意匠登録を申請。が周りからは、格好が良くないといい顔をされなかった。
この新しい結合方法は、新しい車体構造(サイドパネル方式)を生み、新しい溶接方法(ジーダボ方式)をつくり出す。商品には軽量化や高剛性というメリットをもたらした。今では、世界中のどのメーカーも、当たり前のようにこの方式を使っている。

2007年04月11日

Ⅲ かたちはこころ-本田宗一郎がくれた千字薬-第14話.「イメージの共有」

不意に本田さんが見えて、「車の顔はな、へらへら笑っているようなのとか、めそめそ泣いているようなのは駄目だ。鷹が獲物を狙っているような鋭い目つきの、きりっとした顔がいい」と。「ホンダH1300クーペ」のフロントデザインに特徴が出せず悩んでいるところであった。
クーペはセダンタイプより、当然スポーティなイメージでありたい。本田さんの一言が神のお告げのように思え、急いで本屋に野鳥図鑑を買い行き、鋭い目や嘴(くちばし)をもった「鷹の顔」を何枚も何枚も模写した。立体的な顔立ちに加え、鋭い目をつくるにはやはり「丸目」が良いと考えた。
精悍さを出そうと、ヘッドライトの高さ規制を守りながら前端部を下げるために、思い切ってこのクラスでは不相応な小径の丸ライトを片側2個、左右で4個並べる方法を採択する。この「四つ目」が思いのほか功を奏し、精悍でユニークな顔立ちを生んだ。 
が、いざ金型を設計する段になって、こんな深絞りはどだい無理だという話になった。折角デザインがまとまったのにと途方に暮れているところへ、「よお、鷹の顔が出来たじゃないか」と本田さんがニコニコ顔で。「そうだ、鷹の顔だ」と思い、その後、誰かれなしに「鷹の顔、鷹の顔」と触れ回った。そのうち金型の設計担当も聞きつけてきて、「そう言われれば鷹の顔だ、なんとかしてみるか」と。
金型設計との間で、「大きさ」や「深さ」という数字の情報だけでは、箸にも棒にも掛からなかったものが、「鷹の顔」というイメージを共有することで話の糸口ができ、さらにモノを見ることで「そうか、やろう」と言うことに。
金型設計の段階に進んだ後にも、難関が待ち受けていた。左右別々に分かれたグリルモールのボディとの合わせ面が、三次元曲線で出来ているところから「合わせ」がうまくいかず、現合(現物合わせ)作業に明け暮れた。
また、4つのヘッドランプの位置が、前後左右上下と立体的に設定されていたところから、これを囲むグリルモールとの位置が思うように定まらず、どこかが一寸でも狂うと「鷹の目」ならぬ「泣きべその目」になって、自分の方が泣きたいくらいだった。
コンピューターを使って、変形ランプとボディの一発合わせが当たり前の今では、想像もつかない苦労の連続だったが、「鷹の顔」の一言をお守りに最後まで頑張ることができた。目標を明確化しそのイメージを共有することで、難しい仕事も完遂できる。

2007年04月04日

Ⅲ かたちはこころ-本田宗一郎がくれた千字薬-第13話.「地獄から天国へ」

車体の試作室で本田さんが担当者を呼べと。上司から「おまえ行ってこい」と言われる。「ホンダH1300セダン」の車体の前で本田さんが仁王立ち。すでに板金加工された各部パネルが溶接治具上で結合され、ドアとの合わせ段階に入っていた。
「君か!」といきなり。この前もこの手で痛い思いを。本田さんは2メートルの金尺を水平に持って前後2枚のドアに当てながら、「この芋虫みたいなのを、直ぐ何とかしなさい」と私を睨んだ。
見ると前後2枚のドアは、それぞれ中央部が膨らんで太鼓状に。それが2つも並んでいるので、「芋虫」と言われても仕方がない。単体チェックのとき職人さんに修正を頼んだのだが、技術的に難しい、時間がないとの理由で聞いてもらなかった。
職人さんたちの困った顔。言い訳はしたくない。つい男気を出し「今からでは、難しいです」と言ってから、「まずい!」と思ったが手遅れ。本田さんの顔が急に真っ赤になり、「君では分からん。所長を呼んできなさい」と。
所長室に飛んで行って、「実は…」「おとうさんか」「はい、呼んでこいと…」、もう所長は歩き出していた。歩きながら「どこだ」「板金です」「あの…」と訳を話そうとしたが歩く方が速い。気がついたら現場に着いていた。
本田さんは所長を見るなり、「彼を、やめさせなさい」と部屋中に聞こえる大声で。「解りました」と所長。そして「行こう」と私の袖を引っ張った。所長の後を歩きながら恐る恐る、「あのぅ…やめることになるのでしょうか」聞くと、「こんなことでやめていたら誰もいなくなるよ。あとで板金へ行ってみるんだな」と片目を瞑った。
すぐに板金室へ。「やられちゃったねえ。おまえさん見直したよ」と職人さんたちが。そして、「さあ、やるか」と4枚のドアをはずし始める。「どうするんですか」と聞いたら、「直すんだ」と言う。「直るんですか」と訊ねると、「まあ見てろ」と腕をまくった。  
4枚のドアを床に並べバケツと雑巾を用意し、ガスバーナーをうーんと絞り、ここぞとおぼしき場所を見定めお灸をすえるように赤め、間髪を入れず濡れ雑巾でそこを冷やす。この作業を何回か繰り返すうち、ハンマーも当て金も使わず太鼓状のドアが見事フラットになった。
到底無理だと思っていた4枚のドアが、次々と修正され手際よく車体に組付けられる。地獄から天国へ、なんとも不思議な一日。本田さんは叱る名人だが、所長も結構役者であった。


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