Ⅲ かたちはこころ-本田宗一郎がくれた千字薬-第18話.「おんもら」
「これは、おんもらしていていいねえ。こういうのは見ていて飽きないよ」と本田さんが。ほぼ仕上がってきた初代「ホンダシビック」のクレーモデルを見ながらの話である。私には「おんもら」の意味がよく分からなかったが、誉めてもらえたのだろうと。
調べてみたが、どうも静岡の方の言葉でもないらしい。それから暫くこの言葉が私の頭から離れなかった。そんなある日、粘土を盛りながらふと、形には「盛ってつくるもの」と「彫ってつくるもの」があるな、と気付く。
「盛る」方は、粘土でつくった「原型」から雌型を取り、そこに青銅を流し込んで雄の「形(ブロンズ像)」をつくる。「彫る」方は、ギリシャ彫刻のように、「たがね」や「のみ」と「ハンマー」を使って、大理石から直接「形」を彫り上げるというやり方。日本でも、盛ってつくるものに漆像、彫ってつくるものに木像がある。
鋳造法やプレス法が発達し大量生産の世の中になった今でも、その原型となるマスターモデルは「一品生産」で、「盛る」「彫る」の二つの方法を組み合わせてつくられる。こうしてみると、我々のつくるフルサイズ(1/1)のクレーモデルも一品生産だが、どちらかというと「盛る」方に近い。
後の分析で判ったのだが、ホンダ車のデザインは線であれ断面であれ、放物線で出来ている。当然であろう。「盛り」は身体(からだ)全体を使う。荒付けは手の平でやるのだが腰を使わないと力が入らない。仕上げは指を使うが指先だけでは長時間はできないし、やり過ぎると腱鞘炎になる。例え細かい仕上げでも「身体全体を使って」が大事で、これは字や絵を描くのと同じだ。
人間の身体は「竹」のごとく、太く長いものから細く短いものへと節を介して繋がっている。胴、上腕、小手先、手のひら、指、指先と、足も同じく太股、臑、足の甲、指、指先となり、いずれも腰から始まる。
人間の身体の構造と動きは、竹が風にそよぐように、しなやかな放物線を描く。自然の形は素晴らしいもの。近代化や合理化がいかに進んでも、こうした拘りは大事にしてゆきたい。
ずっと後になって偶然、「おんもら」という言葉を諏訪湖に近い食堂の老主人から聞いた。本田さんは浜松に近い「天竜の出」だと聞いていたが、と不思議に思って訊ねてみると、「そりゃあんた、あっちとは天竜川で繋がってるずら」であった。そしてこれはやはり褒め言葉で、温かみだとか人間味だとか、そんな意味だそうな。






