Ⅲ かたちはこころ-本田宗一郎がくれた千字薬-第28話.「りんごの気持」
2代目「ホンダシビック」のデザインを始めるに当たり、まずは北米の市場を見て廻ろうということに。最初の訪問先トロントでディーラー訪問の最中、アメリカンホンダの責任者から、至急デトロイトに行くようにとの連絡が入った。訪米中の本田さんのお相手をして欲しいと。
空港まで本田さんを迎えに行った私たちは、リムジンに同乗させてもらって町の最高級ホテルへ。モダンな丸い建物である。玄関を入るなり本田さんが怒りだした。「このホテルは、人間の生理や心理を知らない奴が設計している。丸は駄目だ。人間は、真っ直ぐ歩くように出来ているんだ。四角でなきゃあいかん」と、部屋に入るまでずっと。
夜は、ニューヨークやボストンにいる連中も合流し、本田さんに、高級レストランに招かれご馳走になる。ホテルに戻るなり、本田さんの部屋に呼ばれる。本田さんはいい気分で絨毯の上に座り込み、スケッチブックをひろげ、「おい、みんなちょっと来い」と。通訳担当が心得たように、「私たちには分かりませんので、彼はデザイナーですから」と言って、さっさと生産担当役員とソファーで一杯。私ひとりがお相手する羽目となった。
「芸術家の絵は気分で描いている。正確に現象を捉えようとしない。きみは、リンゴはどこから赤くなるか知っているか。葉っぱはどこから紅葉し始めるか知っているのか」と。
私はこれまで、そんなことを考えて絵を描いたことがない。「じゃあ、教えてやろう」「リンゴは陽の当たる方から赤くなる。だから、ケツの青いのはあっても頭の青いのはない」「葉っぱの紅葉は先っぽからだ。陽が弱くなって寒くなると、葉緑素が分解されてだんだん緑色が…」と、まるで科学者が観察しているかのごとく。
話はまだ続いた。「日本の絵(日本画)は、間が抜けたのが多い。その点、西洋の絵(洋画)は構図に緊張感があって良い」云々。私は、かつて学校で習ったことを思い出した。この和洋の違いは本来、額縁を必要としないか必要とするかである。日本画はまわりの空間も取り込んでしまうのに対し、洋画は空間をある枠の中へ閉じ込めて構成する。空間の考え方が根本的に違う。
そう言った意味で本田さんは、絵に関して、随分と西洋的な感覚をお持ちだと思った。それでいて、ご自身は日本画を楽しんでおられる。日本的なところと西洋的なところが一体になって、いかにも、インターナショナルな印象を受けた。夢のような夜が更けてゆく。






