様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
メルマガ登録はこちら
▼サイト内検索 (※試作中)

☆■収集(分けると分かる) 収集・選択・分類・流派・系統 H■焦点(ニュースにする) 焦点・報道・統御
A■編定(縮めて伝える) 編定・要約・凝縮・翻訳・結合 I■境界(区切りを変える) 境界・場面
B■原型(型にして見る) 原型・模型・適合・列挙・配置・意匠・装飾・図解 J■周期(リズムをつける) 周期・曲節
C■順番(繋げて較べる) 順番・規則・交換・競合・比較・共鳴 K■諧謔(おおげさにする) 歪曲・不調・輪郭・諧謔
D■暗示(含みを持たせる) 暗示・相似・擬態・象徴 L■形態(構造を見つける) 構造・形態・生態
E■引用(盗んで補う) 比喩・推理・引用・例示・補償 M■劇化(物語で遊ぶ) 筋道・脚本・劇化・遊戯
F■注釈(付け加える) 注釈・付加・削除・拉致・保留・代行 N■綜合(みんなまとめる) 総合・創造
G■模擬(測って調べる) 模擬・測度・強調・変容 △■編集思考素

2008年03月26日

Ⅳ CIVICデザイン物語(初代シビック)              第12話.七つのお願い

初代「ホンダシビック」のデザインの方向もようやく固まる。研究所所長から、ちあきなおみの「四つのお願い」に倣って「七つのお願い」が提示された。いわゆる「開発基本要件」である。
1)ホンダの販売網で売れること。2)ホンダの整備体制に乗ること。3)対米輸出が可能なこと。4)マスプロ、マスセールの可能なこと。5)ホンダらしいこと。6)1971年中に開発完了のこと。7)ボディは3年、エンジンはヘッドを乗せ変えて1975年まで継続生産可能なこと。
「いよいよ現実的になって来たぞ。自分で買える車を、自分の手でつくれるんだ」という喜びが湧いてきた。「ホンダN360」の時もそうであったが、こうした「喜び」は、仕事をするための大きな原動力となる。
「ホンダH1300」の時は、「自分の車」という感じが中々もつことができず、分からないなりに、其々が懸命に背伸びをし、力の限りを尽くしたのだが、そうした個の総和が、果たして「ベストな車」つくりに繋がったかどうか。
結果的に、H1300はバランスの崩れた車になってしまった。世に出ている他車の実力をあまりにも知らなかったからだ。だから今回はなんとしても、彼我比較ができる能力を磨かなければ、と痛感していた。
この頃から始めた要件設定(基本要件をA-00、機能要件をA-0、A, と明示する方式)の作業は、チームを一丸にし、共通の目標に向かわせるのには大変良い方法であった。私はデザインを進める上で、「七つのお願い」の中の一つ「ホンダらしいこと」という要件項目について考え始める。
このままでは抽象的に過ぎるからと、チームの誰もが共有できる具体的な「言葉」や「数字」に置き換えた。「ホンダらしさ」を「きびきびとした走り」という言葉にし、さらにこれを機能要件として数値化した。言葉と数値を重ね合わせ、デザイナーは頭にイメージを浮かべながらスケッチを描いた。
チームは、デザイン室と設計室に設けた会議室、それと研究所の近くにある旅館「桐壺」をフルに活用し、コンセプトをさらに煮詰めていく。会議室では評価会やチームのミーティング。何かアイディアを出したい時には桐壺に行った。
ここを利用すると何がしかのお金を使う。そこで「何かお土産を持って帰らないと」になり、とことん詰めた本音を搾り出す。和室に寝ころんでアイディアを出すところから、「開き直ってやる」ことを「寝っころがる」と言うようになった。

2008年03月19日

Ⅳ CIVICデザイン物語(初代シビック)                 第11話.小さくていばれる車

「どんな車にするんだよ」と研究所常務に聞かれる。初代「ホンダシビック」の基本的なディメンションやハード(機能)要件の検討が進む中、このクルマの「在りたい姿」についても次第に絞り込んでいった。
どんな車かと、「一言」では中々言えないまでも、「家には芝生の庭があって、駐車場もあって、お父さんがベンツに乗っていて、僕はセカンドカー(シビック)に乗っている、という風に見てもらえる車」、たとえシビック1台しか持っていなくても、家にはきっとベンツがあるんだろうな、と思わせる車」にしたいと。
一見して、そう感じられる車にするのは大変なことである。そんな時ふと、「ホンダモンキー」なら、「ナナハン(ホンダCB750)」と並んでも引け目を感じない、シビックもそんな風になればと考えた。ベンツと並んでも威張れるようにしたいなと。「小さくていばれる車」というコンセプトは、こうしたチーム全員の気持から生まれた。
そのために、0,7ミリの薄い鉄板であっても放物線断面にすることで、いかにも鉄板が厚そうに見える「張り」を出したり、下塗りの新手法を開発し2コート2ベーク(2回塗り2回焼き付け)の塗装で、ベンツの4コート4ベークと見紛うくらいの「琺瑯(ほうろう)感」を出したりと、鉄板や塗膜を厚く見せるための工夫を凝らした。
またメッキは高級車の特権のようなものだが、やたらと付けるお金もない。そこで光りものは一点集中と決め、テールゲートやランプのモール類、フロントグリルモールやセンターマークなど、大げさに感じるくらい「ぎらっ」とさせた。こうした手法で小さい車でありながら存在感を主張した。
努力はしたが、やはり大きさの持つ存在感の前には何ともし難く、悩みに悩んでホンダモンキーに戻る。「何であいつはナナハンの前でいばっていられるのか」と議論。出てきた意見は「可愛い、個性的、利発」となり、総じて言えば「愛着がある」であった。
「こんなもの形にできるのか」と、またまた難しい議論になる。そんな時、平尾昌章の「ぼーくの可愛いミヨちゃんは、色が黒くて小さくて、つぶらな瞳に出会うとき…」の歌が。「そうだ、瞳だ」と思い立ち、ヘッドランプが大きくつぶらに見えるように。
また犬や猫などのペットを可愛がって撫でたり、馬や愛機(戦闘機など)に「良くやったぞ」とポンポンとたたくシーンを頭に描き、どんな形どんな面がいいんだろうと考えながらデザインをした。

2008年03月12日

Ⅳ CIVICデザイン物語(初代シビック)               第10話.ずんぐりむっくり

初代「ホンダシビック」のクレー(粘土)モデルを眺めながら、「どう見てもずんぐりむっくりだねえ。これじゃ、格好いいとは言ってもらえないだろうな」と研究所常務。そろそろザインを決めるタイミングにあった。私は率直に、「そう思います」と。
基本骨格の検討段階から較べ、エンジンとミッションの長さが次第に伸び、それにつられ車幅もどんどん広がっていった。もともと長さの短かったこの車の「ずんぐり度」は日毎に高まっていく。エンジン屋を恨んでいると言いながらその実、「格好良さ」は最初から諦めていた。
このディメンションでは、到底カッコいい車はとても望めないと開き直って、初めのうちは「アウトビアンキの走りに相応しい外形を」と、頭では割り切っていたもののやはり面白くはない。
デザイナーが格好良さを諦めたのだから当然のこと、毎日が憂鬱で気持が高ぶらなかった。こんな状況を早く払拭しなくてはと考えた末、この骨格で格好よく見せるには、伝統的な格好良さとは次元の違う、例えば「すごく高価な車」とか、「別格な特徴を備えた車」に縋るしか手がないと思いはじめた。
ずっと頭の中では、トロネードの尻尾をちょんぎってボンネットを短くし、手のひらでグーッと握ったような形にすれば、何か新しいものがつくり出せるんじゃないかと思っていた。が、「アウトビアンキの走り」に「トロネードの外観」ではあまりにも露骨で、ただの物まねではないかとも。
が、よく考えると、全く同じ車をつくる訳ではないし、面の張りなど断面の傾向を参考にするのは、工夫であって決して「物まね」ではない。もしこれを「物まね」と言うのなら、車輪が4つあるのも「物まね」ということになる。こう思った途端すっかり気分は楽になった。
そこで思い切って、「トロネードのホイールアーチを、そのまま付けてやろう」とか「このテールランプをアメ車のようなメッキモールで、ギラっと決めてやろう」などと、一見むちゃかも知れない組み合わせに挑戦した。これによってずんぐりむっくりでも寸詰まりでも、存在感のある踏ん張りの効いた形がつくれるのではと。
シビックのホイールアーチやテールランプなどの特徴や存在感は、こうしたせっぱ詰まった開き直りの産物である。高価な車の「借り物」だが、誰もそうとは気が付かない。使いようによっては、そんな「物まね(嫌な言い方だが)」もあるのだと気付き、その後デザインをする上で大いに役立った。

2008年03月06日

Ⅳ CIVICデザイン物語(初代シビック)          第9話.隠れアメ車党

初代「ホンダシビック」のコンセプトも大分煮詰まってきた頃、役員室への報告会が開かれる。出席したチームメンバーのほとんどは、ヨーロッパ車礼賛の傾向にあった。そんな中で私はというと、ヨーロッパ車にはそれほど魅力を感じないでいた。
と言うのも、ジェトロからの派遣で、ロスアンゼルスにあるアートセンター(ACC)へ留学した先生に教わり、毎日のように、「デトロイトはこうなんだ、アメリカでの車のつくり方はこうだ」などと話を聞かされ育ったからかもしれない。
私には、「ジャガー」はともかく、その他のヨーロッパ車はちんちくりんで、あまり格好よいとは思えなかった。この頃アメリカで唯一、GMのトロネードというFF(前輪駆動)の車があり、これが凄く貫禄があって、高そうで、立派で、格好良かった。
チームの一人が、「アメ車なんか馬鹿」というタイトルの漫画を描き、検討中の車のコンセプトを説明した。それは、高速道路に大きい車と小さい車を縦に並べ、「ヨーロッパの小さい車だったらこんなにたくさん並ぶ。大きいアメ車はこれだけしか並ばない。だから云々、」と言ったもの。
そこに描かれた小さい車は「オースチンミニ」や「アウトビアンキ」で、ヨーロッパは頭が良くてアメリカは馬鹿だという説明。さらに、「都市交通のモビリティー」という「一口言葉」も耳に心地よく、「シビックは頭のよい車に」との主張は大いに受けた。
この頃のアメ車は、長くて背が低く、トレッドが広く、タイヤが太いのが特徴で、それが「アメ車らしさ」だった。いわゆる幅広低全高スタイルで、中でも「トロネード」はそれが顕著。私は、「トロネード」の前後をちょん切ればいいじゃないかと思っていた。が、ついにそれも言い出せずに、この日から「隠れアメ車党」として過ごす羽目になる。
「ホンダN360」を担当した時、「オースチンミニ」については随分と勉強し、ヨーロッパにはイシゴニスという頭のいい博士がつくった「小さいが凄い車」があることは知っていた。だから、「合理的なヨーロッパ」と「憧れのアメリカ」とを、いつも自分の中で戦わせながらデザインを考えた。
相入れないものを一つにしようとする葛藤が、手前味噌だが、シビックの世界に通用する普遍的価値をつくったのではないだろうか。このような葛藤の中から生まれた価値を「ホンダ的」とも思うし、日本の歴史もまた、きっとこのようにして発展してきたのではなかろうか。


書名やキーワードで千夜を検索


▼松岡正剛の最新情報はコチラ
▼松岡正剛&編集工学研究所の最新情報をブログでお届け


©編集工学研究所
■ 会社概要
■アクセス
■お問い合わせ