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Ⅳ CIVICデザイン物語(初代シビック)          第9話.隠れアメ車党

初代「ホンダシビック」のコンセプトも大分煮詰まってきた頃、役員室への報告会が開かれる。出席したチームメンバーのほとんどは、ヨーロッパ車礼賛の傾向にあった。そんな中で私はというと、ヨーロッパ車にはそれほど魅力を感じないでいた。
と言うのも、ジェトロからの派遣で、ロスアンゼルスにあるアートセンター(ACC)へ留学した先生に教わり、毎日のように、「デトロイトはこうなんだ、アメリカでの車のつくり方はこうだ」などと話を聞かされ育ったからかもしれない。
私には、「ジャガー」はともかく、その他のヨーロッパ車はちんちくりんで、あまり格好よいとは思えなかった。この頃アメリカで唯一、GMのトロネードというFF(前輪駆動)の車があり、これが凄く貫禄があって、高そうで、立派で、格好良かった。
チームの一人が、「アメ車なんか馬鹿」というタイトルの漫画を描き、検討中の車のコンセプトを説明した。それは、高速道路に大きい車と小さい車を縦に並べ、「ヨーロッパの小さい車だったらこんなにたくさん並ぶ。大きいアメ車はこれだけしか並ばない。だから云々、」と言ったもの。
そこに描かれた小さい車は「オースチンミニ」や「アウトビアンキ」で、ヨーロッパは頭が良くてアメリカは馬鹿だという説明。さらに、「都市交通のモビリティー」という「一口言葉」も耳に心地よく、「シビックは頭のよい車に」との主張は大いに受けた。
この頃のアメ車は、長くて背が低く、トレッドが広く、タイヤが太いのが特徴で、それが「アメ車らしさ」だった。いわゆる幅広低全高スタイルで、中でも「トロネード」はそれが顕著。私は、「トロネード」の前後をちょん切ればいいじゃないかと思っていた。が、ついにそれも言い出せずに、この日から「隠れアメ車党」として過ごす羽目になる。
「ホンダN360」を担当した時、「オースチンミニ」については随分と勉強し、ヨーロッパにはイシゴニスという頭のいい博士がつくった「小さいが凄い車」があることは知っていた。だから、「合理的なヨーロッパ」と「憧れのアメリカ」とを、いつも自分の中で戦わせながらデザインを考えた。
相入れないものを一つにしようとする葛藤が、手前味噌だが、シビックの世界に通用する普遍的価値をつくったのではないだろうか。このような葛藤の中から生まれた価値を「ホンダ的」とも思うし、日本の歴史もまた、きっとこのようにして発展してきたのではなかろうか。

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