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2008年10月30日

Ⅳ CIVICデザイン物語(3代目シビック)              第43話.だんちりや・・・

週明け、オハイオ州との公式な行事を終えた本田技研社長が、HAM(ホンダオハイオ工場)に現れる。3代目「ホンダシビック」の量産試作車が、土曜日の日米スタッフによる共同作業で、何とか最低限のレベルに組み上がっていた。思っていた通り社長は、終始むつかしい顔をして、外から眺めたり中に座って見たり触ったり動かしたり。そして「こりゃあ大変だ」と言ったきりホテルへ。
我々は慣れっこだが、アメリカ人スタッフはきょとんとしたまま。ことの次第を、彼らに解説するのに一苦労。そこへ電話が入り、社長の泊まっているコロンバスのホテルへくるようにと。みんなからの「よろしく」との声援を背に、「仕方ないか」とホテルへ向かう。
部屋では、歴代社長の通訳を担当してきたKさんが、社長となにやら話し中。彼は、私にとって大先輩であり、RG社(ローバーグループ)との共同開発で苦楽を共にした戦友でもある。こちらを向くなり「相変わらず大変だね」と明るい声、急に肩の力が抜けた。
社長から「立ち上がりまで、どのくらいなんだ」といきなり。「二ヶ月ちょっとです」「何とかなるのか」「するしかありません」「目算は」と立て続けである。私は、先週末から2日間にわたる顛末を説明し、これから立ち上がりまで、問題解決のための方策として、工場とメーカーさんのフォローは日本人とアメリカ人スタッフが二人一組になって推進することを提案した。
「そんなことで、うまく行くのかよ」「はい。鈴鹿製のシビックを目標にして、毎朝、それをみんなで拝みます」「何か、日本人とアメリカ人が、心ひとつになるための良い『一口言葉』はないかね」と心配顔。
急に言われても、おいそれと良いアイデアが出るものではない。しばらく考えて、鈴鹿での立ち上がりフォローの時、苦し紛れに洒落てつくった都々逸もどきを思い出し紙に書いた。「だんちりや あわせたてつけ ぬるぴかつる ぽろりはがれや いろつやしぼかな」と。
社長はそれを読んで「何じゃこりゃ」としばらく眺めたあと、「おい、Kさんよ。これ英語にならんか」と。「えっ、これをですか」と絶句のあと、しばらく悪戦苦闘のKさん。が、英語の名人もさすがにお手上げだったらしく「このまま日本語で行きましょう」と言うことになる。
2ヶ月後、シビックの量産は無事立ち上がった。あのとき書いた「だんちりや…」は、しばらくの間、HAMに隣接する研究所の壁に貼られてあったという。

2008年10月24日

Ⅳ CIVICデザイン物語(3代目シビック)                第42話.後悔、先に立たず

3代目「ホンダシビック」が間もなく、HAM(ホンダオハイオ工場)で立ち上がろうとしていた。が、その仕上がりレベルはと言えば、来週早々にも陣中見舞いにこられる本田技研社長には、到底見せられる代物ではない。私の方は、現地へ行けばなんとかなるだろうと、とるものもとりあえずやってきたものの、これはえらいところへ来てしまったと、「後悔、先に立たず」であった。
私と一緒にオハイオ入りした鈴鹿工場のベテラン技師も、言うべき言葉も、なすべき手立ても見つからない状態。物(ぶつ)個々の「出来」が悪いものを、組立て調整の範囲でどこまで全体のレベルが上げられるか、とにかく、やれるところまでやってみようということにしたが、アメリカ人スタッフからは猛反発を食らった。自分たちのやったことを否定されていると思ったらしい。
すでに週末の退社時間でもある。アメリカ人スタッフは、「我々が帰った後、自分たちの組んだものを、日本人が勝手にバラして組み直すのは許せない」と言うのだ。そこで、いろいろと話し合って、やっと、一度バラして組み直す作業の必要性は納得してもらった。そうしたら彼らは、「残業してでも、自分たちの手でやる」と言い出したのである。これほどのやる気をみせたのは、今までなかったことらしい。彼らの闘争心を掻き立てたのだ。
「彼らだけだと、朝までかかるぞ」と言うことで、日本人スタッフも一緒にやることになった。外装は、ボディの蓋もの(ドアやトランクリッド)やライト類の合わせなどである。内装は、インパネの取り外しとバラし、それにそれらの再組立てで、特にこの作業は、ドアやドアライニングにまで及ぶ大仕事になった。が、日米混成部隊による共同作業で、お互いが張り合い、思った以上の成果を上げたのである。「共創と競争」とはまさしくこのことであった。
次の日は土曜日、日本人だけで仕上げの微調整を、その上今後のために、単体精度や複合精度などの課題整理を実施。週明け、でき上がった車をアメリカ人スタッフと一緒に最終チェック。さすがに、同じ部品を組んでもこんなに素晴らしくなるものかと彼らも驚き、自分たちでやったんだとの自信を持った。
もちろん、一緒にやった日本人仲間への感謝も忘れない。やっと、いい雰囲気が出てきたようだ。こうして、社長をお迎えする準備が整う。アメリカ人は自信満々。だが私は、このレベルでは相当とっちめられるぞと覚悟していた。

2008年10月14日

Ⅳ CIVICデザイン物語(3代目シビック)         第41話.禁じ手

何故こんなに、量産立ち上がりが難しくなってしまったのか。振り返って考えてみると、今回の3代目「ホンダシビック」のデザインは、カーメーカーの中では「禁じ手」とされている手法を多用して、「新しさ」を出そうとしてきたところがある。
若いデザイナーなら、怖いもの知らずとか若気にはやってだったりして、一度はやってはみるものの二度とはやらないという危なげなデザイン手法であった。2代目シビックの評判がいま一つで、開き直って挑戦した結果であり、一口に言って「木箱デザイン」だといえる。
そもそも、モノコック構造(ボディーのみでつくる一体構造)の理想的な形は「卵形」。が、これが木箱のようなつくりだと、見るからに弱そうである。事実、昔のりんごやミカンの箱(今は段ボール製になったが、昔は木箱だった)は、蓋を外して力をかけると、すぐばらばらに壊れてしまう。
この3代目シビックの、フルドア(ドアとサッシュを鉄板で一体につくる)とサイドパネル(ボディー側面の鉄板)、サイドパネルとテールゲート(後部跳ね上げ扉)、リヤークォータガラス(後部側面窓ガラス)の合わせ方は、木箱の構成と似ている。
それに、パネルや艤装部品の接合部分が、「田の字(4つの部品の角を1点で合わせる)」状になっているところが多い。これも、合わせが難しくなるので、避けるべき手法と言われマニュアルにまでなっている。
また、初代のアコードやシビックの「盛り」のデザインと違って、今度は、どちらかと言うと「削り」のデザイン。ひとつ間違えば、痩せぎすの面が災いしてブリキ細工の玩具のように見える。分かっている人なら手を出さないやり方だと言われる所以は、こういうところから来ている。
削りのデザインは、シャープさや切れ味のよさは表現しやすい。が、盛りのデザインに較べ、金型をつくるのも、溶接治具の調整も、組立ラインでも、余分な神経を使う。日本の、マザー工場である鈴鹿工場だからできたと言えるだろう。この精度をつくるため、鈴鹿では、このころ始めて3次元測定器を導入していた。
また鈴鹿では、熟練の力を借りて乗り切った。が、一般論として、禁じ手に敢えて手を出すときは、何か新しい武器(生産技術や検査治具など)を手にしないと無理なようである。HAMでの苦労は、デザインの斬新さを出したいがための代償。因果がここに巡ってきたと、そう思って、これは「やるしかないな」と覚悟した。

2008年10月09日

Ⅳ CIVICデザイン物語(3代目シビック)               第40話.オハイオに飛ぶ

HAM(ホンダオハイオ工場)では、第一弾の2代目アコードに続き、3代目「ホンダシビック」の量産立ち上がり作業が最終段階に入っていた。鈴鹿製作所の所長を務めたIさんが、3代目シビックを立ち上げに成功した後、HAMの社長として赴任してきたばかりであった。
鈴鹿では、T社のカローラに負けない「出来」を目標に比較検証の上で、T社に勝るとも劣らない徹底した精度管理で、立ち上がり品質を格段に向上させたという自信もあって、このHAMでも陣頭指揮にあたっている。が、ここへきて、これはちょっと、日本でやるのとは事情が違うぞと、少々焦りが出はじめていた。
そこへ、オハイオ州知事との会見のため訪米した本田技研社長が、突然HAMに、シビック立ち上がりの陣中見舞いに来られるという話がもち上がった。この時期にこの「出来」では、社長が心配するに違いないと、鈴鹿での立ち上がりフォローに関わり事情に詳しい私を、急遽、HAMに呼ぼうということになり、研究所に連絡が入った。
何はさておき、社長より先にオハイオ入りし、実態を知った上で、どうするかを見定めようとの思いで急いでオハイオに飛んだ。 着いたのは金曜日の午後、飛行場から真っ直ぐ工場へ。すでに、ラインで組み上がったばかりの確認用の車が一台、工場の片隅に置かれていた。まわりには、立ち上がりフォローで来ている研究所の面々、鈴鹿の工場の人たち、それにHAMのアメリカ人と駐在員、みんな少々疲れ顔である。一時間ほど、じっくり内外観の出来映えを確認した。
状況を掻い摘んで言うとことになる。ボディ外板の形状、特に、板モノの面の張りとヘミング(ドアのふちのカシメ)の「出来」はまだまだ。その上にボディの塗装が上面と側面で膜厚が不均一、しかも艶がない。灯火器類など大物艤装部品とボディの合わせは、まだこれからというレベル。  
鈴鹿でもそうであったように、サイドパネル(ボディ側面の鉄板部)とサイド見切りの大型テールゲート(後部跳ね上げ扉)の合わせたてつけは、最後までてこずりそうな厭な予感が。インパネの本体とリッド(物入れの蓋)やサンバイザー(日よけ板)のだんちり(段差と隙間)、それに色・艶・絞(しぼ)の合わせなどを見ても、メーカーから届いた部品を、そのまま組んだだけとしか見えない。何故こうまで、この車の立ち上がりにてこずるのだろうか。今後のためにも、きちんと分析しておく必要がある。

2008年10月01日

Ⅳ CIVICデザイン物語(3代目シビック)         第39話.グリルレスグリル

「差より違い」、という企業指針が打ち出される。3代目「ホンダシビック」のデザインが最終段階に入ろうとしていた。「違い」も「差」も、それぞれに難しい言葉。いずれもその「基準」をどこ置くかが鍵となる。いろいろと考えたが「企業指針」である以上、基準となるのはやはり「メジャーな企業」。ならば当然、日本ではT社でありアメリカではGM社となる。それらに対して、どのくらいの「違い」と「差」を付けられるのか
悔しいが客観的に見て、自分の立ち位置を、他の存在を基準に決めざるを得ない状況である。その上で、彼ら(基準)とどのくらい違えるか、その「間の取り方」を誤ると「間違い」となる。また力の勝るものに差を付けるには、よほど狙いを定めた「ピンポイント」攻撃しかない。しかも、歴然とした差が要求される。
さらに大事なことは、これらの「違い」や「差」が、お客さんの心を打つものでないと独りよがりになる。幸い、開き直ってつくった2代目プリュードは、世界のマーケットで好評を得て新しいポジションを築きつつあり、それがみんなの大きな自信となっていた。自信も武器の一つに違いない。
そんなことを考えながら、デザイン作業を進めているところへ本田技研社長が見えた。「やっているねえ」と、いつもながらに労っていただく。が、ぐるりっとシビックシリーズのデザインを見渡し、「あんまり違ってないね」と一言。「これでも、まだ違っていませんか」とむきになって聞き返すと、「一度、有るものが無くなるとか、縦が横になるとか、全く違うことをやってみたらどうかね」と切り返された。
「いくらやっていても、そう見えなきゃ、ね」と言われているようなものだ。「そうか、大見得を切ることも必要なんだ」と。チームの連中に「グリル無し」を投げかけたところ、「エンジンルームは、すでに長さも高さも思いっきり詰めて極端に小さくなっている。それでなくても、冷却が大変」と大反発。話し合っていても埒が開かないので、「とにかく、一度モデルをつくってみよう」と。
出来上がったモデルをチーム全員で眺めて見て、誰もが同様に「新しい」と感じてくれた。「よし」と言うことで、エンジンルームに関わるあらゆるセクションのメンバーが、ただちに「グリルレスグリル」の実現に向けて行動を開始。効率の良い風の採り入れ方、上手な風の通し方、熱の対処法、こんなに出るものかと思うくらいアイデアが出てきた。


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