様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
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2009年02月27日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代アコード)          第8話.椅子文化

本田さんが絵を描こうと、発売したばかりの初代「ホンダアコード)3ドアハッチバックで、自らハンドルを握り信州の蓼科高原まで行かれたのだそうだ。部分開通の中央高速を駆って3~4時間、ぶっ通しで運転されたという。
途中、尻のおさまりが悪いことが気になりだし、お尻の位置をあちこちと変えても、どうにもおさまらず、シートのポジションだろうかと前後に位置を探ってみても、シートバックの角度を変えてみても、一向に自分の気に入るポジションが見つからない。
目的地に着く頃にはすっかり疲れ切って、絵を描く気にもならなかったという。「車を放って、帰ってこようかと思ったくらいだ」と、思い出してはますます声が大きくなる。相当、頭にこられたようだ。
何はともあれ、本田さんの車に特別な問題が起こっていないかどうかを確認ることが先決と、シートのスペシャリストとともに当の車を借りにいく。座ってみて、シビックで通勤している私などには羨ましいくらい快適なシートに思えた。
最新の測定器まで動員したが、量産のものと取り立てて違いは発見できない。要するに我々は、何処に問題があるのかも分からないくらい、シートに関して云々できる知識を持ち合わせていなかった。
何しろアコードのシートは、初代「ホンダシビック」のものをベースに、見栄えやクッション性の向上を目指して開発された。具体的手法は、腿あたりを良くするため、シートクッション前端に、側面から見て魚の口のような構造のバネを内蔵し、たわみやすく戻りやすい性能を付加したものである。
そのシビックはというと、軽乗用車「ホンダライフ」の発展型で、Sバネと言われた波状のスプリングを横に渡した上に、成型したウレタンフォームを敷くタイプ。これももとをただせば、「ホンダN-360」の板ゴムタイプをスプリング型に改良しただけである。
本田さんはこれまで、世界のありとあらゆる高級車を乗り回してこられた方。比較されてはたまらない、との気持ちが無くはなかったが、言い訳はしたくない。シートのスペシャリストと一計を案じ、本田さんが走った道を自分達も走ってみようということになった。
走行テストの連中にも加わってもらい、ベンツや日本の自称高級車も一緒に連ねて蓼科に向かう。高級車で別荘地などと言うと「すっかりお金持ちの気分になって」と思われそうだが、運転中はずっと、本田さんに睨まれているようで、浮かれた気分には到底なれなかった。

2009年02月18日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代アコード)          第7話. シクラメン

研究所専務の特命を受け、「ホンダアコード」3ドアの、エンジン停止後の再スタート不良の問題解決作業が動き出す。検討はまず、エンジンルールがどういう状態なのか、現状を知ることから始めた。
さすがに、CVCC(複合過流調速燃焼)方式のシステムを組み込んだエンジンルーム内は、エンジンと補器類でびっしりである。新しいボンネットを用意し、どの位置に、どの位の大きさの、どんな具合の通気孔を開ければいいのか、いろんな孔を開けた現物を何枚もつくり、それをもとにとっかえひっかえ、試行錯誤の実走テストが繰り返された。 
分かったことは、熱は上へ上へ、そして温度の低いところへ流れるようである。従がって必ずしも通気孔は、温度の一番高いキャブ(気化器)の上でなくても良いということ、もう一つ、嬉しいことに、ボンネットとフェンダーのチリ(隙間)をうまく使うと、随分と通気面積が確保できることが判った。
そこへ、併行して進めていた「雨じまい(雨水の処理)」のテスト結果が出て、前輪のストラットサスペンション(懸架装置の一種)の頭の後方辺りなら、通気孔の位置として雨じまいの問題がないとうことが明らかになった。これらを束ねて、対策の方向を定めてゆく。
通気孔の実質開口部は、当初に想定した大きさの1/3に、そして位置は、ボンネット両脇後方に決まり、やっとデザインをやる気になった。ボンネットの上に粘土を盛り、なんとか格好のよいものをと、形状づくりをしているところへ本田さんが現れた。
「何をやっているんだい」と聞かれたので、びくびくしながら、「熱を抜く孔を、ボンネットに開けています」と答えると、「空気の気持ちを、よく考えてやれよ」と、妙にやさしく言って立ち去って行かれた。
ホッとした気持ちで、いただいた言葉を頼りに形をつくり上げる。あとで聞いたところ、孔を開けるアイデアを出したのは本田さんだったらしい。やっぱりそうだったか。さもありなん、である。
これが縁で、4人のメンバーは大の仲良しになった。このころ巷では布施 明の、「シクラメンのかおり」という歌が流行っていた。私はこのチームの名称を、「シクラメンの顔(かお)」と名付けた。
曰く、この4人は、オオ倉、オ倉、シラ倉、イワ倉、すなわち「4倉MEN(シクラメン)」であったと言うわけだ。たちまち研究所内で有名になったのは言うまでもない。後に、人選をしたのは研究所専務だと聞いて、こちらも頷けた。

2009年02月10日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代アコード)                        第6話.「雨が降ると、エンジンが錆びる」

1976年夏、4人のメンバーが所長室に集められた。何事だろうと、集められた面々の顔を見渡したが、思い当たる節はない。1研(エンジン性能研究室)のOさん、4走(四輪走行テスト室)のOさん、試作課のSさん、それに私である。しばらくして研究所専務が現れ、集められた理由の説明を受ける。
要約すると、アコード3ドアが、走行後にエンジンを止めた直後に、再スタートしようとしてもエンジンがかからないとの苦情が、市場からかなり多く打ち上がってきているという。そこで、「急いで対応したいから、直ちに実施計画をつくれ」という指示となった。
どうして、デザイナーの私が呼ばれなきゃならないのだろうと思っていると、1研のOさんが黒板の前に立ち、「それでは、現状報告をします」と言って、やおら、キャブレター(気化器)を中心としたエンジンルームの側面図を描き出す。そしてその図面の上に、エンジンを止めた後のエンジンルーム内の温度分布を重ねて書き示し、いかにキャブ周辺の温度が高いかを強調した。
「走行中は、エンジンが回って熱くなっていても、空気が流れているためエンジンルーム内の温度は上がらない。車が停止し、エンジンが止まると、余熱の逃げ場がなく、とくにボンネットに近い中央部に熱が溜まってしまう」と言うのである。
「その結果、キャブの気化能力が落ちて、エンジンがかからなくなる」と、理路整然とテスト結果の説明をした。「なるほど」と感心して聞いていたら、「…と言う訳で、対策として、ボンネットに100×200ミリの大きさの通気孔を設ければ、この問題は解決することが分かりました」との説明があり、何故わたしが呼ばれたのかやっと判った。
それにしても、天下に誇るホンダエンジンの性能研究室が、「ボンネットに大きな孔を開けてくれ」では芸がない、というのが私の印象。研究所専務が「きみ、そんな大きな孔をボンネットに開けられて、大丈夫?」と、こちらを向かれる。大丈夫であろうはずがない。
私は、シンプルにデザインされているボンネット面がぶち壊しになると、露骨にいやな顔をした。4走のOさんも、そんなことをしたら、「雨が降ると、エンジンが錆びる」と猛反対。
研究所専務は、「嫌なら一緒になって、気が済むまでやればいい。ただし時間には限りがある。それでは…」と言って部屋を出て行かれた。しぶしぶ、対策チームの一員となる。4人で頭を抱えた。

2009年02月06日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代アコード)          第5話.「うしろ姿」

「車はなあ、うしろ姿が大事なんだ。運転してると、向かってくる車の前は、あっという間に見えなくなるだろ。それに引き替え、前を走っている車のうしろはずっと見ていることになるよな。格好の悪い奴の後につくとうんざりだ。長く見ていて飽きないのがいい」と本田さんが。
「小股の切れ上がっているのはいいもんだ。それに、お太鼓のようなのもいいんじゃないかな」とも。うしろ姿の大事さはすぐにも理解できた。が、「小股の切れ上がる」と「お太鼓」は、なんとなく分かる気もするが宿題となった。初代アコード3ドアのクレーモデルを始めたばかりの頃である。
その後、いろんな車のうしろ姿を真剣に眺めるようになった。キリッとしているものだらしのないもの、どっしりしているもの尻軽なもの、主張の強いもの影の薄いもの、と様々である。言われるように、「飽きない」見え方をする車は間違いなく存在し、しかもそれらは形こそ違え多くの共通点を持っていた。
この時に得た確信が、あとあとの車づくりに大きく影響を及ぼすことになる。勉強して分かったこと、まず「小股」について言えば、諸説はあるが江戸時代に生まれた言葉で、「股」の前に「小」が付いたとされる。
「股」は当然両足の分かれ目。それが「切れ上がっている」とは、足が長いというか腰が高いというか、お尻がきりっと上がっていること。生まれつきもあるだろうが、運動で鍛えたお尻の形と見る。チャキチャキの江戸っ娘が、溌剌と歩くうしろ姿に色気を感じての言葉であろう。「小」だが、小粋とか小生意気とか、一寸洒落て言う時その言葉の頭に「小」を付けるのが流行った。
次に「お太鼓」だが、もちろん帯結びの一種である。もともと帯は前で結んでいたが、ファッション性を帯びて「結び」が大きく華やかになり、あるとき前にあるのが邪魔になって、ひょいと後ろに回したのがきっかけと聞く。
中でも、お太鼓結びは珍しく大いに人目を引いた。亀戸の芸者衆が結び始めたらしいが、よほど江戸っ子の目に格好良く色っぽく映ったに違いない。すぐに江戸っ子の間で広まった。おそらく、小股の切れ上がった娘さんには良く似合ったのだろう。
「そうか、やっぱり色っぽい個性か」と。そんな気持ちを心に秘めて、小股の切れ上がった江戸っ娘のお太鼓姿を頭に浮かべながら、アコードのうしろ姿をデザインした。日本はもとより外国でも、「うしろ姿が、いいね」と言われて不思議な気持がしたものである。


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