様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
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2009年10月28日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代レジェンド)             第1話.東と西の島国

雪のちらつく寒い日だった。突然、研究所役員室から、「バラードのモックアップモデル(確認用実物大模型)を、屋外へ出してくれ」という指令が。それも厳重な機密対応で、とのことである。これが、ブリティッシュ・レイランド社(後のローバー社)とホンダとの関係に、私が携わった最初の仕事であった。
その後しばらくして、両社の首脳による記者会見があり、これからの共同作業の中身について明らかにされる。第一弾は、ホンダが開発した「ホンダバラード」をローバー社が生産(「アクレーム」という名で)をし、引き続き両社フィフティ・フィフティーの関係で共同作業を、ということになる。
この頃、両社の生産規模はほぼ同じ70万台。両社それぞれを良く知る評論家から、「日が昇る」会社と「日の沈む」会社が引っ付いたと揶揄された。たしかに、元気な経済大国日本と斜陽の大英帝国という感はなくもなかった。
この後、私は第2弾である共同開発車の検討メンバーの一人として、プロジェクトの責任者である本田技研専務に連れられ、何度かローバー社とのミーティングに参加することになる。
その協議の中で、共同開発をする車の基本コンセプトは、「エグゼクティブクラスの4ドアセダン」ということに決まった。ホンダにとっては、「シビック」の上の「アコード」の、そのまた上の車に。ローバー社にとっては、伝統の「ローバー2000」のモデルチェンジ、ということになる。
専務からは、共同作業を進めるに当たっては、ホンダ側の「考え方」をしっかりつくっておくようにと厳しく言われていた。実際に作業が始まると案の定、双方の考え方に思いもよらない違いが発生。
こんな例がある。図面には、寸法出しの起点となる「原点」が必要なのだが、その定め方がお互いに違っていることが判った。ローバー社はバンパーなど「ボディの最前端」を「原点」とし、ホンダは「フロントホイールセンター」を、という具合にである。
一緒に仕事をしていく上で、「原点」が共通でないと何をするにも不便である。それは分かるものの、両者は自分たちの主張を一歩も譲らない。最初からデッドロック。
原点の設定は、車をつくっていく上で「何」を大事にするかによって決まる。そこが違うから「原点」の取り方も違うのだ、というのが解るまで、何日も費やすことになった。大変な議論であったが、お互いの違いが分かれば、「なんだ、そんなことだったのか」と話は前へ。

2009年10月22日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(6代目アコード)                   第41話.「シック」で「エレガント」

初代「ホンダオデッセイ」のデザインが、お客さんから「エレガント」と評されたことは、デザイナーにとって冥利に尽きる。
90年代の初め中国の人たちが、ホンダとの共同事業の可能性を検討するため来日。私は会食後の雑談の中で、彼らの前で「文質彬々」という文字を書き、「これが私のデザインポリシーです」と話すと、「これは、大変良い言葉だ」と皆さん揃って。
良い機会だと思い、この言葉の意味が、中国での本来の意味と私が理解に違いがないかを尋ねると、ある人が、「この言葉の意味は『上品』ということです」と自信ありげに。
外見と本質が、同じく揃って「品格がある」ということだそうで、理解が違わず安心した。英語に堪能な別な人は、「英語で言うなら『エレガント』です」とも教えてくれた。
洋の東西を問わず、「エレガント=優雅」を美徳に生きていた昔の貴族たちは、現代の我々が想像するほど楽なことではなかったと思う。その裏には、大きな経済的負担があったろうし 、政治の状況によってはいつ失脚するか分からない。常に身の危険にもさらされていた。
彼らの生きた優雅な世界は、こうした様々な緊張感に支えられたもの。逆に、このようにぎりぎりのところで生きることが、そのエレガントさに磨きをかけていたとも言える。
一介の芸人であった世阿弥の場合も、彼自身の暮らしは「雅(みやび)」の世界とはおよそ無縁であったにもかかわらず、舞台の上では貴族文化の優雅さを完璧に表現することができた。それは観客と対峙した緊張感をもとに、「雅」を表現したからに他ならない。
振り返ってみて私が考えやってきたことは、知らず知らずのうちに「エレガント」に繋がっていたようだ。30数年、デザインの仕事に関わり、一貫して「エレガント」を求め続けてきたことに、自信と誇りを持ちたい。「インパクト」も「スポーティ」も、極めれば「エレガント」であるような気がしている。
 フランスに「シック」という言葉がある。他国語に訳すのはとても難しいそうだ。日本人は、「シック」のことを「枯れた」や「落ち着いた」と捉えがち。が、どうもそれだけではないらしい。「シック」には「若さ」という要素が重要なのだという。
「シック」は、少し「いなせ」に寄った「粋」と捉えるのが良さそうである。そういう意味で、ホンダのデザインは、「シック」で「エレガント」、「粋」で「いなせ」、というところか。

2009年10月15日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(6代目アコード)               第40話.「粋」で「いなせ」

初代「ホンダオデッセイ」の、ユーザー調査レポートを見ていて分かったことがある。オデッセイのお客さんの多くが、この車のデザインを「エレガント」だと感じてくれているようだ。大ヒットした理由は、多分そんなところにあるのではないかと。
そして思い出すのは20年近く前、2代目プレリュードを開発していた頃、エンジン担当所付のSさんから、「あなたのデザインは、エレガントですね」と言われたことだ。エンジン屋さんが、デザインについて何か意見を言ってくれるというのは珍しいこと。その上「エレガント」と評されたことに、少なからず戸惑ったのを覚えている。
当時、私は40代に入ったばかり。まだまだ「突っ張って」いたし、ホンダ車のデザインには、「インパクト」とか「スポーティさ」が必要であると強く思っていた。また私自身、それまで「エレガント」という言葉を「優しい」とか「女々しい」というイメージで捉えていたこともあり、誉められたとは思わなかったのである。
「優しくて、強さがないのはダメでしょうか」と尋ねたら、「いや、良いと思って言っているのですよ。品があって」と言ってくれた。そして、初代アコードサルーンを眺めながら「僕は、このデザインが大好きでね」と。
その後の勉強で知ったことだが、「エレガント」の本来の意味には弱々しさなど微塵もなく、鍛え抜かれた身体のような、「しなやかさ」を指して言うのだそうだ。
同様に誤解されやすい言葉として、日本特有の「粋(いき)」がある。九鬼周造が「いきの構造」という著書の中で、「粋」を貫くには、生死(「いき」は「生き」と「逝き」からきている )を賭けるほどの覚悟が必要で、その緊張感が「艶」や「色気」を生み出すと言っている。
「粋」は「エレガント」に比べ俗っぽいところもある。が、決して下品ではない。むしろ、その潔さに品格さえ感じる。また、「粋」には「やせ我慢」がつきものだが、「我慢」のできる強さをもたない「粋」は存在しない。
「エレガント」も同様で、根底に「強さ」がないと成り立たないもの。それに、「エレガント」は 「優雅」と訳されることが多いが、どうしたら人の目に優雅に映るかの背景を抜きに、安易に日本語に訳せないと私は思っている。
江戸っ子の「粋」に「若さ」が加わると「いなせ(鯔背と書く)」になるらしい。日本流に言うと私の目指したデザインは、「粋」で「いなせ」いうところだろうか。

2009年10月08日

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(6代目アコード)           第39話.「マルG」

6代目「ホンダアコード」をベースにして、欧州生産用のアコードのデザイン作業が佳境に入った頃である。本田技研社長から直々に頼まれている「ホンダのアイデンティティ」の検討も、「マルG(丸で囲んだG)作戦」の名のもとチームを編成し本格的に動き出していた。
が、調査が進むほどに、かつて高かったはずのドイツにおけるホンダのプレゼンスが、あまりにも低くなっているのに愕然とし、このままではと、気ばかり焦る毎日であった。
この10年余りのあいだに、何が起こったのだろうか。一つには、ヨーロッパメーカーの頑張りである。80年代の、ヨーロッパ市場における日本車の台頭を目の当たりにした欧州勢が、すぐさま矛先を日本メーカーに向け、製品開発に力を入れるとともに、日本のメーカーにはない「アイデンティティ」の強化を図ったのだと見る。
そうした考察の上に立って、「ベンツ」「BMW」「アウディ」などの主要メーカーが、どのようにしてこの「アイデンティティ」なるものを強化したのか、徹底的に調べてみることにした。
二つには、ホンダ自体の問題である。80年代に入って、アメリカへの4輪生産進出と販売網の拡充、それに、日本、アメリカ同時の販売チャンネルの増加とラインナップ強化。
さらに加えて、ヨーロッパにおける生産拠点の確立に至るまでのローバー社との共創と、ホンダのあらゆる資源はこれらに向けられた。
これが80年代から90年代初頭にかけてのホンダの姿である。この難しい状況をホンダは、うまく切り抜けたと思う。
が、手を拱(こまね)いては明日などない。実際、個々の商品の中身は薄くなっているし、失敗を恐れ、ついつい保守的になっているのは否めないところだ。
欧州勢の成果に学び、再びドイツで「ホンダは凄い」と言われ、その評判を世界に拡げたい。そんな気持ちを込めて、マルGの「G」はグローバルの「G」、それとジャーマンの「G」からいただいた。
まずは、AMS(ドイツのモーター雑誌)に評価を受け、さらに、「ベンツ」や「BMW」、それに「アウディ」から一目置かれるような会社でありたい。そのためにはなんとしても、技術力を高め個有性を磨く必要がある。
それが、ホンダの「アイデンティティ」の確立に繋がるはずだ。「BMW」や「アウディ」と同じく、10年を懸けたら、ホンダにだってできるに違いない。目指す目標を明確に定めて、粘り強く、根気よくやることである。


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