Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代レジェンド) 第1話.東と西の島国
雪のちらつく寒い日だった。突然、研究所役員室から、「バラードのモックアップモデル(確認用実物大模型)を、屋外へ出してくれ」という指令が。それも厳重な機密対応で、とのことである。これが、ブリティッシュ・レイランド社(後のローバー社)とホンダとの関係に、私が携わった最初の仕事であった。
その後しばらくして、両社の首脳による記者会見があり、これからの共同作業の中身について明らかにされる。第一弾は、ホンダが開発した「ホンダバラード」をローバー社が生産(「アクレーム」という名で)をし、引き続き両社フィフティ・フィフティーの関係で共同作業を、ということになる。
この頃、両社の生産規模はほぼ同じ70万台。両社それぞれを良く知る評論家から、「日が昇る」会社と「日の沈む」会社が引っ付いたと揶揄された。たしかに、元気な経済大国日本と斜陽の大英帝国という感はなくもなかった。
この後、私は第2弾である共同開発車の検討メンバーの一人として、プロジェクトの責任者である本田技研専務に連れられ、何度かローバー社とのミーティングに参加することになる。
その協議の中で、共同開発をする車の基本コンセプトは、「エグゼクティブクラスの4ドアセダン」ということに決まった。ホンダにとっては、「シビック」の上の「アコード」の、そのまた上の車に。ローバー社にとっては、伝統の「ローバー2000」のモデルチェンジ、ということになる。
専務からは、共同作業を進めるに当たっては、ホンダ側の「考え方」をしっかりつくっておくようにと厳しく言われていた。実際に作業が始まると案の定、双方の考え方に思いもよらない違いが発生。
こんな例がある。図面には、寸法出しの起点となる「原点」が必要なのだが、その定め方がお互いに違っていることが判った。ローバー社はバンパーなど「ボディの最前端」を「原点」とし、ホンダは「フロントホイールセンター」を、という具合にである。
一緒に仕事をしていく上で、「原点」が共通でないと何をするにも不便である。それは分かるものの、両者は自分たちの主張を一歩も譲らない。最初からデッドロック。
原点の設定は、車をつくっていく上で「何」を大事にするかによって決まる。そこが違うから「原点」の取り方も違うのだ、というのが解るまで、何日も費やすことになった。大変な議論であったが、お互いの違いが分かれば、「なんだ、そんなことだったのか」と話は前へ。






