様々な制度や方法論が行き詰っている。やみくもに前に進んでいればそれなりにつじつまが合う時代は過ぎ去った。
時代は「編集」を求めている。
メルマガ登録はこちら
▼サイト内検索 (※試作中)

☆■収集(分けると分かる) 収集・選択・分類・流派・系統 H■焦点(ニュースにする) 焦点・報道・統御
A■編定(縮めて伝える) 編定・要約・凝縮・翻訳・結合 I■境界(区切りを変える) 境界・場面
B■原型(型にして見る) 原型・模型・適合・列挙・配置・意匠・装飾・図解 J■周期(リズムをつける) 周期・曲節
C■順番(繋げて較べる) 順番・規則・交換・競合・比較・共鳴 K■諧謔(おおげさにする) 歪曲・不調・輪郭・諧謔
D■暗示(含みを持たせる) 暗示・相似・擬態・象徴 L■形態(構造を見つける) 構造・形態・生態
E■引用(盗んで補う) 比喩・推理・引用・例示・補償 M■劇化(物語で遊ぶ) 筋道・脚本・劇化・遊戯
F■注釈(付け加える) 注釈・付加・削除・拉致・保留・代行 N■綜合(みんなまとめる) 総合・創造
G■模擬(測って調べる) 模擬・測度・強調・変容 △■編集思考素

« Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代レジェンド)            第3話.非理法権天 | メイン | Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代レジェンド)                      第5話.「スポーティーな2ドアクーペ」 »

Ⅴ ACCORDとその仲間たち(初代レジェンド)     第4話.桂離宮と陽明門

「桂離宮と陽明門、どちらが日本的かね」と、本田技研専務との雑談の中で。ローバー社と共同で「エグゼクティブ・カー」の共同開発に着手したばかりの頃。この手の車は、その会社のアイデンティティを表すものでなければならない。
ホンダは社是の中で、「世界的視野に立ち、云々」と謳っている。が、言うまでもなくホンダは日本の企業であり、しかも極めて日本的な意識に溢れた会社だと、私はかねがね思っていた。雑談はいつの間にか、「日本的」を極めるところに「ホンダのアイデンティティ」をつくり上げるヒントがあるのでは、という方向に。
学生の頃、歴史や美術の授業や修学旅行などで、「桂離宮」や「陽明門」について教わってきたが、20年以上も経って、こんな話になろうとは夢にも思っていなかった。それにしても、「桂離宮」と「陽明門」の姿・形は、全く違っている。
これらが400年ほど前の同じ時期に、同じ日本人がつくったものかと不思議に思えるくらいだ。京都の桂離宮は、日本を代表する建造物のひとつで、書院造りの最高傑作とされている。「簡潔さ」の追及を通じて得られた、木造建築の「美」の証(あかし)と言ってよい。もう一方は、徳川家康が祀られている日光東照宮の陽明門。その「華麗な美」は、桂離宮の「簡潔な美」と対照的である。
前者は、貴族階級の優雅さの追及の結果であり、後者は、武士階級の力の台頭の証明であると言えよう。このどちらもが、日本的洗練の極みであることは間違いない。こう言った両極端の「ものごと」のバランスをとり、各々の存在を調和させてきた結果が、日本の文化なのであろうと私は思う。
やはり、我々は「和を以って尊し」とする民族。「華麗」と「簡潔」のどちらもが「日本的」であると言える。専務は、「要は、正反対のもののバランスを極めると言うことかね、これは大変なことだな」と言って出て行かれた。
「相克」という言葉がある。お互いが勝とうとして争うことだが、相手を打ち消そうとするのではなく、自分の中に取り込んでしまうことで、これが「バランス」の取り方の日本的な方法なのであろう。
「レジェンド」の開発中、桂離宮、陽明門ともに訪ねる機会を得た。不思議なことに双方とも、これまで頭に描いていたものと違った印象を受け、どちらも「清らかな」感じがしたのを覚えている。そして、これらに心を動かしているのは、私同様、庶民的な人たちだったのも興味深かった。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://edit64.jp/mt/mt-tb.cgi/459

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)


書名やキーワードで千夜を検索


▼松岡正剛の最新情報はコチラ
▼松岡正剛&編集工学研究所の最新情報をブログでお届け


©編集工学研究所
■ 会社概要
■アクセス
■お問い合わせ