Ⅵ ホンダとともに 第6話.運転手
深夜、工場の片隅でみんなして頭を抱える中、化成課の名人と言われる主任技師Rさんの発案で、まず巣孔だらけのグリルモールに耐熱パテを塗り、仕上げをした上で焼き付け塗装をする方法を採ることになった。
これで形状は保証される。物が揃ったというのでひとまず胸を間で下ろす。しかし、まだ表面のメッキ処理をどうするかの問題が残っていた。みんなの意見は「試乗会にくる人は初めて見るのだから、シルバーの塗装でもよいではないか」という方向にあった。
私はデザイナーとして、「だからこそ、ちゃんとした物を見てもらいたい」と反論。が、「手だても時間もないではないか」と詰め寄られた。神さまにすがるような気持ちで、モデル用に考案した「木型メッキ」が使えないかと、研究所の材料研究室に問い合わせてみる。
「すぐ、耐熱テストをしてみよう」と言ってくれた。一刻千秋の思いで結果を待つ。しかし、テスト結果は無残にもNG、またもや「万事休す」である。この間も、試乗車はラインを流れ組み立てられていた。
ここ二、三日は不眠不休。ぼんやりと、流れてくる車の正面を眺めていたとき、突然はたっと閃きが。すぐに、取引先のS電機に電話を。私の提案を伝えたら「出来るかも」と言ってくれた。
早速、焼き付け塗装を終えたグリルモールを一台分用意してもらい、新幹線に飛び乗る。小田原で降りて小田急に乗り換え、秦野にあるS電機の工場に着いた時はすっかり夜も更けていた。有難いことに、担当の課長と職人さんだけが残っていてくれた。
誰もいない工場の中の真空蒸着機がお目当て。ヘッドランプの反射板を作るための装置である。その中にグリルモールを入れ待つこと数時間、長かった。間もなく夜が明けようとするころ装置から取り出す。表面はまばゆく輝いている。成功だった。
すぐに鈴鹿へ持って行こうとしたが、新幹線の始発には随分と時間がある。「車で行きましょう」と課長。そして自らハンドルを握り、グリルモールと私を乗せて鈴鹿の工場まで運んでくれる。発表試乗会には、間一髪で間に合った。
この話には事後談がある。30年くらい経って、私が本田技研の役員としてメーカーさんとの懇談会に出席した際、たまたま、S電機のS社長さんとテーブルが一緒になった。
話が弾んで、その当時の苦心談と、九死に一生を得た思い出話を申し上げたところ、なんと、「その時の運転手は、私ですよ」とS社長。思わず、二人で手を握り合った。






