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2010年03月24日

Ⅵ ホンダとともに                      第11話.稜線画法

「ちょっと、『ホンダZ』の外形線図作成を手伝ってやってもらえないか。どうも、造型係(金型製作の基準となるマスターモデル製作室)で問題になっているらしい」と、室長からいつになく丁重に頼まれた。何はともあれ、急いで確認に行ってみることに。
丁度、サイドパネル(フロントフェンダーとドアを除いたボディ側面)とドアを一体型にした、エポキシ系樹脂のマスターモデルを削り出しているところであった。「どうも変なんですよ」と、モデル製作担当者が心配顔で言う。デザインを担当している若いM君も、困った顔をして立っていた。
よく見るとそのマスターモデルは、研究所の造形室でいつも見ているZのクレーモデルとはおよそ違う形をしている。「どうしたの?」と聞くと、「外形線図通りつくっているのですが」とモデル製作担当者。何が問題なのだろうかと外形線図を見てみると、サイドパネルのオーガニック(有機的)な形状が「稜線画法」で書かれていた。
稜線画法とは、この頃まだ稚拙であったモデル製作や測定の精度不足を、作図によって補うために用いられた手法。ボディ曲面を構成する2つの面をそれぞれに延長して、それらが交叉するところを仮想の稜線として作図し、そこに角R(アールと呼び、2つの線や麺の交差する所を丸くすること)指定をするという手法である。
この車のリヤフェンダー辺りは、アメリカの大型車に見られるコークボトル的(コーラの瓶のくびれのある形状)な、ネガ(凹)からポジ(凸)へと微妙に変化する面を持っていた。それを稜線画法で書いているのだから、ただでさえ難しい。
「この微妙なネガ部の仮想稜線は、どのようにしてつくったの?」とM君に聞くと、「2つの面がぶつかるのは、およそこの辺かなと見当をつけて線を引いた」と言う。そう言われれば、線図には三面ともちゃんと「線」が入っている。この線の設定が、間違いのもとだというのがすぐに判った。
考えられないような失敗だが、手動式測定器で一点一点測定値を読み取っていくやり方では、細かいピッチの測定は大変である。ついつい作図でやろうということになり、今回の失敗に繋がったのだろう。
事後談がある。この失敗を轍に、苦肉の策として私が考え出した方法だが、クレーモデルにこの仮想線を車体面の「法線」方向に投影し、それを「ハイライト線」と称して予め針金を入れてつくり、その線を測定するという方法で、これがことのほか功を奏した。

2010年03月17日

Ⅵ ホンダとともに                      第10話.十人十色

軽乗用車「ホンダZ」の外形線図作成を手伝いながら、私自身も途方にくれていた。樹脂製金型マスターモデル製作担当者から「どうしましょうか」と聞かれたが、私とて、作図でこの微妙な面をつくる自信はない。考えた末に、「急がば回れ」で、クレーモデルの測定からやり直すことを提案した。
「えーっ」とみんな驚いた顔をしたが、結局、気の遠くなるような5ミリピッチ、10ミリピッチの測定作業(手動)を、一から始めることになる。細かいピッチの測定には時間がかかったものの、結果的には、少ない測定数値をもとに、作図中心で描いた以前の製図作業よりはるかに早くでき上がり、思ったより早く、クレーモデル通りのマスターモデルが完成した。
こうした失敗を機に、精度の高い測定数値を基にした作図の重要性が見直され、測定器の自動読み取り装置の開発に拍車がかかった。ホンダZへの私の関わりは、このようにほんの僅かな時間であったが、これは造形室のみならず、ホンダとして思いもよらない成果であった。
私にとっても、この車のデザインが私に及ぼした影響は大きい。というのも、そもそもこのデザインを担当したM君の絵だが、後に現れる世界的に有名なデザイナー「ルイジ・コラーニ」が描くスケッチように、まるで捉えどころのない有機的な形なのである。
彼のホンダZの絵は、軽自動車だというのに、まるで大型のアメリカ車とも思える大きさ感で描かれていた。モデル製作中から、「どういうモデルになるのだろう」と興味津々で眺めていたのだが、でき上がってくるにつれ、なんとも不思議な魅力をもつ動きのある塊感を見せていた。
とても、私にはつくり出せないデザインだなと思ったものだ。むしろ悔しい気持ちの方が強かったと言っていい。「十人十色」と言うのであろうか。そんなつもりで研究所の造形室を眺めてみると、そこにはいろんな考えや感覚の持ち主がいて、お互いに刺激し合いダイナミックな創造活動をしているという実感があった。
入社試験の時、自分は優れているから入ったのだと思っていたが、いろいろな人材をとの意思をもって採用されたのだろうか。この車が世に出て、若者たちの心を惹きつけたのは言うまでもない。
リヤゲート(後部はねあげ扉)の周りが黒い樹脂で出来ていることから、「水中眼鏡みたい」と言われていたが、それも特徴になって六本木辺りで走っているのを見ると、洒落た六本木の街の風景に、ホンダZはよく似合っていた。

2010年03月10日

Ⅵ ホンダとともに                      第9話.地獄に仏

すでに発表していた「ホンダH1300」セダンの発売日を、3ヶ月ほど延期することになった。メーカーとして信用を問われる大きな問題であり、営業的な機会損失も大きい。経営陣としては大変な決断であったと思う。
が、工場で立ち上がりのフォローをしているデザインの一担当者とすれば、まさに「地獄に仏」であった。正直言って、早く世に出したい気持ちと、完璧なものにして出したい気持ちが葛藤していたのも確かである。
DDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリング)エンジンの熱対策で、急遽、色味の変更を余儀なくされた塗色の詰めや、材料と製造方法を変えたグリルの熟成に時間を費やす。他にも、思いもよらない問題が次々と出てきていた。
中でも肝を冷やしたのは、「フル転舵、フルバンプ」と言って、ハンドルを一杯に切りクッションが目一杯沈んだ状態で、フロントのタイヤがフェンダーと干渉する問題で、最悪の場合、タイヤがバーストする危険が予想された。
タイヤにその原因があったのか、フェンダーにあったかはともかく、このタイヤはホンダの特注で、全くのオリジナルモデルとしてつくられていたため、この設計を変えたらテストは全部やり直しとなり、やむを得ずフェンダーの方で対処する以外ないとの判断になった。
そんな訳で、金型のマスターモデルからつくり直す時間など全くない。仕方なく、金型を直接改修することになった。こうした改修は金型寿命を著しく縮めるのでタブーとなっているが、この際そんなことは言っていられない。作業は鈴鹿工場の金型製作の現場で行われ、私も立ち合うことになった。金型の名人、Oさんの陣頭指揮のもと徹夜で進められる。
金型にけがき線を入れ、画張りを頼りにタイヤの当たらないホイールアーチ形状になるよう粘土を盛り付けた。そして石膏で雌型を取る。その後フロントフェンダーの雄型に直接肉盛り(鉄を溶接して盛り上げること)をした。一か八かであるが失敗は許されない。
金型が冷めるのを待って、ホイールアーチ形状を削り出す。「粘土で形をつくった奴に削らせるのが一番早い。お前やれ」と言われてヤスリを取る。石膏の雌型に合うよう仕上げてゆく。温厚なOさんの厳しい目、作業は明け方には完了、ここでも名人とご一緒できた。
大きなトラブルは、私にいろんな名人を引き合わせてくれた。Oさんとの出会いもまた、「地獄に仏」であったと言える。こうした出会いが知恵と勇気を与えてくれた。

2010年03月02日

Ⅵ ホンダとともに                      第8話.ガンメタ

ボディの溶接行程後の組立ラインで、テールランプをビルトインしたリヤガーニッシュ(トランク後面飾り板)が、ボディの座面に嵌まらないというので大騒ぎになり、原因究明作業が進められた。
3つのピースに分かれているリヤガーニッシュは、3つそれぞれに規定の公差範囲内で出来ているし、コンプリートした状態でも公差内だから、修正しなければならないのはボディコンプリート(完成車体)の方だった。
関係部所が集まる対策会議は、行き詰まったままである。私は会議室の一隅でずっと考えていた。3つのガーニッシュは、左右のテールライト部がS電機製、中央部は内作で、この3つの複合精度をつくり上げるのが私の役目である。
研究所でつくる試作車は、溶接治具を内側基準にしてボディをつくっていた。こうしてつくるボディは、公差の分だけ図面の寸法よりわずかに大きくなる。だから、研究所の試作ボディにリヤガーニッシュなど艤装品を取り付けると、ボディとの隙間が常に大きくなる傾向があった。
これに苦労させられた私は、ガーニッシュの仕上がり寸法を公差の上限に(つまり、わずかに大きめになる)とお願いしていたのである。が、工場での量産のボディが、研究所の試作ボディとは反対に、外側基準でつくられるとは夢にも思っていなかった。
しばらくして、「ウチでやりましょう」との発言で沈黙が破られた。中央部ガーニッシュ担当の合成樹脂課の名人Tさんである。Tさんが言うには「ボディを今、いたずらにいじるのは得策ではない。ボディは、パネル単体では寸法は公差内にある。このまま溶接(コンプリート)を習熟するべきだ」と。
この発言は、中央部ガーニッュをまず短く改修し、溶接が習熟したのち再修正で長くするというもの。金型の劣化を覚悟で修正の二度手間を買って出てくれたのだ。私は会議室の隅で、「こんな手もあったのか」と、名人Tさんに対し、心の中で両の手を合わせていた。
こんな時期、私にも一つだけ成果があった。今回苦戦したリヤガーニッシュをはじめ、エヤーアウトレットガーニッシュ(風邪抜き用飾り格子)などの樹脂部品の塗装色が、社内の若い技術者の間で評判になる。
この色は高級感や高精度感を出すために、鉄砲の銃身の色をイメージしてつくったもの。色名を「ガンメタルブラック」と名付けた。その後、市場でも大いに評判となり、他社もこぞって同様の色を使うようになる。「ガンメタ」は一般用語となった。


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