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2006年02月26日豊かな自己表現力と幅広い教養平成12年版の経済白書に示唆に富むグラフがでてくる。白書はIT時代に必要な人材として創造力や実行力をあげ、学校教育や企業内訓練の実態を論じている。その中で「職業生活において重要な能力と大学で身につけた能力」について、30代の初めのビジネスマンに聞いている。これによると、「大学で身につけた能力」としてあげられているのは、高いものから順番に、幅広い教養、人文・社会の知識、自然科学の知識となっており、これは私達の学生時代からほとんど不変という印象だ。 一方、「現在とても重要」な能力は、高いものから順番にあげると、コミュニケーション能力、判断力、問題解決・分析能力、プレゼンテーション力、企画力・創造力となっている。これらの能力はまとめて「自己表現力」ということもできると思う。大学教育はこういった分野に人が少ないこともあって、全くといってよいほど対応できていないことがうかがえる。 また「教養」については、「現在とても重要」と考えている人がかなり増え、そして「今後とても重要」になる能力という問いに対しては、コミュニケーション能力と並んでトップに踊り出てくる。仕事に熱が入ってくると最初に感じるのは教養の不足だ。つまり大学においては教養教育も十分であったとはいえないということであり、ビジネスマンはその獲得について現在、そして将来の切実な課題として認識しているということだ。 大学を始めとした学校教育の社会の側から見た問題点はここに尽きているように思う。この点はキャリア形成の第一歩としての就職試験に臨んで大学生自身が欠落を感じる能力と酷似しているのは興味深い。 私が大学で行なっているゼミの一つでは、自分の関心のある分野を題材に毎週1枚の図解を自由に描いてくることを課題とし、各自が図解を発表し、理解を深めるため全員で議論する方式を採用している。図解をつくった本人はその過程で、例えばルワンダ紛争、性同一障害、陪審制、学級崩壊などに関する知識の枠組みが深く頭に入る。そして他の受講生がつくった図解を解説してもらう中で、広い知識を手にすることができる。ごく短い時間で様々の分野の体系化された知識が身につくというわけだ。 完成された図解以上に大事なのは、図解の過程でものごとを自分の頭で深く考え抜いたという経験である。描く過程を多く経て、鑑賞する機会を多く味わうことによって、しだいに自分なりの世界観が形成されてくることを感じるようになってくる。つまり教養の獲得にも図解が有効ということだ。 2006年02月14日理解・企画・伝達ビジネスマンとして20年以上現場の最前線で働いてきた。その間いつも念頭にあったのは、どういう能力があれば仕事の成果があがるのかという問いだった。大企業で労務、広報、企画という分野を主として経験してきた私の結論は、3つの能力が備わっていれば仕事はできるということだ。その3つの力とは、理解する力、企画する力、伝達する力である。 理解する力とは、上司の指示を聞き、回ってきた文書を読み、ポイントを理解する力である。企画する力とは、自分の頭で新しい考えやアイデアを生み出す力である。そして伝達する力とは、考えやアイデアを他の人に間違いなく伝える力である。 さて、ビジネスマンの場合、この3つの力のバランスが崩れているケースが多い。理解力8、伝達力2、企画力0、というタイプの無口な情報収集型ビジネスマン、理解力2、企画力0、伝達力8というタイプの饒舌ビジネスマンなど身の回りで上司や同僚の顔を思い浮かべるのは難しいことではないはずだ。昇進というものは、本来この3つの力の大きさと、そのバランスのよさで決まるものであるべきだと思うがいかがであろう。 要するに私たちは、小学校入学以来、人生を終えるまで一貫して、理解力・企画力・伝達力というコミュニケーション能力を磨いているということになるのである。 2006年02月03日図解は納得のコミュニケーション人間の脳が認識しやすいような方法で情報を表現することが最もすぐれた方法であるはずだ。そのように考えてくると現在のビジネスのメインツールといってもよい文章の力についての疑問が湧きあがってくる。もともと人間は文章でものを考えているのだろうか。学校教育の場では、文章至上主義とでも形容したいほど文章を中心とした教育が行われている。難解な文章を読まされて、「それ」や「これ」という代名詞が何を指すかというような読解力が大事な力とされている。教科書や試験に出てくる小説や評論などの文章は難解であり、それを読みこなせない自分の力量を反省させられる。しかし、一度読んで理解できないような文章は悪文なのではないだろうか。 日本では「文は人なり」という言葉に代表されるように、知識人の条件は文章が書けるということであって、今でも変わりはない。文章にケチをつけられると書いた本人は人格を否定されたように感じてしまう。上司であれば、地位が高ければ文章を修正する権利があるのだ。偉くなるということは給料があがるというようなことではなく、部下の文章を自由に直す権利を得ることだともいえる。文章をめぐる上下のトラブルは日本のあらゆる組織に存在している。ここで日常的におこるコミュニケーション・ロスは日本の組織の力を3割程度弱めているのではないだろうか。 さて私のビジネスマン人生を振り返ってみると、「できる上司」は文章に造詣が深いタイプもいたが、キーワードの設定力が高かったり、図で指示を出すというタイプが多かったように思う。私の場合、幸いなことにこういったレベルの高い上司に何人かめぐりあって、図でものを考えるという習慣がつき始めた。そして実際に自分が上司の立場になり部下とのコミュニケーションに心を砕くようになると、この方法は伝える側と伝えられる側双方にとって有効であることを確認し、しだいに自分のスタイルとなって定着してきた。若い世代の文字離れ、そして高齢化による管理職の老眼化の進行もあり、文章一辺倒の組織風土の見直しを含め、コミュニケーションスタイルを考え直す時期に来ている。 文章コミュニケーションでは、文字面を真剣に追わないと中身を理解できないところがある。目に入ってくる文字や言葉や文章を脳の中で意識的に処理して初めて理解が可能だからだ。一方図解は一目で全体像を把握でき、そしてもう一度論理回路を働かせ図解を読み下す作業を行うことになり、いわば二重に記憶に刻み込まれていくため、理解が速くそして深いのである。 「地図」という言葉には、地の中に図が浮かび上がってくるという意味がある。我々は現実そのものを見てもわからないのである。整理された図を見せてもらわなければ理解できない。それくらいの頭しか人間にはないということだ。 最近、プレゼンテーションの場面で図解を使うことが多くなってきている背景にはこのような事情がある。プレゼンする側から言うと、相手に全体像を示した上で、個々の部分の説明が可能となる。全体と部分をバランスよく説明できるのだ。またプレゼンを受ける側は、全体の構造を理解できることに加え、口頭説明を受けながら、自分が特に関心を寄せる部分について思考を集中できるため、納得感が高まるのである。 こういったコミュニケーションを「図解コミュニケーション」と名づけたいが、その面白さは見る人の関心やレベルに応じて理解の深さが違ってくるという点だ。読み手はいやおうなく参画させられるのだ。文章コミュニケーションにありがちな、押し付けに陥る可能性は低い。文章を説得のコミュニケーションとすれば、図解は納得のコミュニケーションということもできる。人間は説得するのは好きだが、説得されるのは死ぬほど嫌いなのである。図解コミュニケーションをすすめる理由がここにある。 |
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