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図解は納得のコミュニケーション  

人間の脳が認識しやすいような方法で情報を表現することが最もすぐれた方法であるはずだ。そのように考えてくると現在のビジネスのメインツールといってもよい文章の力についての疑問が湧きあがってくる。もともと人間は文章でものを考えているのだろうか。学校教育の場では、文章至上主義とでも形容したいほど文章を中心とした教育が行われている。難解な文章を読まされて、「それ」や「これ」という代名詞が何を指すかというような読解力が大事な力とされている。教科書や試験に出てくる小説や評論などの文章は難解であり、それを読みこなせない自分の力量を反省させられる。しかし、一度読んで理解できないような文章は悪文なのではないだろうか。

日本では「文は人なり」という言葉に代表されるように、知識人の条件は文章が書けるということであって、今でも変わりはない。文章にケチをつけられると書いた本人は人格を否定されたように感じてしまう。上司であれば、地位が高ければ文章を修正する権利があるのだ。偉くなるということは給料があがるというようなことではなく、部下の文章を自由に直す権利を得ることだともいえる。文章をめぐる上下のトラブルは日本のあらゆる組織に存在している。ここで日常的におこるコミュニケーション・ロスは日本の組織の力を3割程度弱めているのではないだろうか。

さて私のビジネスマン人生を振り返ってみると、「できる上司」は文章に造詣が深いタイプもいたが、キーワードの設定力が高かったり、図で指示を出すというタイプが多かったように思う。私の場合、幸いなことにこういったレベルの高い上司に何人かめぐりあって、図でものを考えるという習慣がつき始めた。そして実際に自分が上司の立場になり部下とのコミュニケーションに心を砕くようになると、この方法は伝える側と伝えられる側双方にとって有効であることを確認し、しだいに自分のスタイルとなって定着してきた。若い世代の文字離れ、そして高齢化による管理職の老眼化の進行もあり、文章一辺倒の組織風土の見直しを含め、コミュニケーションスタイルを考え直す時期に来ている。

文章コミュニケーションでは、文字面を真剣に追わないと中身を理解できないところがある。目に入ってくる文字や言葉や文章を脳の中で意識的に処理して初めて理解が可能だからだ。一方図解は一目で全体像を把握でき、そしてもう一度論理回路を働かせ図解を読み下す作業を行うことになり、いわば二重に記憶に刻み込まれていくため、理解が速くそして深いのである。

「地図」という言葉には、地の中に図が浮かび上がってくるという意味がある。我々は現実そのものを見てもわからないのである。整理された図を見せてもらわなければ理解できない。それくらいの頭しか人間にはないということだ。

最近、プレゼンテーションの場面で図解を使うことが多くなってきている背景にはこのような事情がある。プレゼンする側から言うと、相手に全体像を示した上で、個々の部分の説明が可能となる。全体と部分をバランスよく説明できるのだ。またプレゼンを受ける側は、全体の構造を理解できることに加え、口頭説明を受けながら、自分が特に関心を寄せる部分について思考を集中できるため、納得感が高まるのである。

こういったコミュニケーションを「図解コミュニケーション」と名づけたいが、その面白さは見る人の関心やレベルに応じて理解の深さが違ってくるという点だ。読み手はいやおうなく参画させられるのだ。文章コミュニケーションにありがちな、押し付けに陥る可能性は低い。文章を説得のコミュニケーションとすれば、図解は納得のコミュニケーションということもできる。人間は説得するのは好きだが、説得されるのは死ぬほど嫌いなのである。図解コミュニケーションをすすめる理由がここにある。

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